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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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旧説帝都エデン

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 盗まれたりしてなくて安心したハルナは急いで男のもとへ向かう。まだ、熱もあるだろうから、心配なのだ。
 男の姿は消えていた。毛布がたたんで置いてある。焦るハルカ。
 家中を探そうとして最初に向かった居間に男はいた。
 服を着替え、ちゃぶ台にひじを突きお茶をすすっていた。
「お帰り」
「あ、はい、ただいま」
 男の具合はだいぶよくなっているようだ。
 ハルナは男の前に腰を下ろした。
「あの、だいじょうぶですかぁ?」
「うん、だいぶよくなった」
「あの、お名前は?」
「……さあ?」
「住所は?」
「さあ?」
「もしかして記憶喪失ですか?」
「さあ?」
 単調な会話が進み、ハルナは首を傾げ、男はお茶を一口飲んで息を吐いた。
「はぁ、もしかしたら記憶喪失なのかもね。でも、なにがわからないのかわからない」
「病院行きますか?」
「いや、いいよ。じゃあ、ボクは行くよ」
「行くってどこに?」
「さあ? どこに行くのかは決めてないけど、ここにいるとキミに迷惑かかるでしょ」
「いいですよ、ずっといても。あたしこの家でひとりで住んでるんで、部屋いっぱい余ってるし」
「女の子のひとり暮らしの家に世話になるのは問題あるよぉ〜」
「そんなこと気にするんですかぁ、硬派なんですねぇ」
「でも、行くよ」
 男は行こうとした。その腕をハルナが掴む。
「財布も持ってなかったし、記憶喪失だし、行くところないじゃないですかぁ、ダメですよ行っちゃ」
 なぜ、ここまで強引に男のことを止めたのかハルナにもわからなかった。けど、どうしても止めないといけないような気がした。止めなければ、どこか遠く、一生逢えない場所にいってしまうような気がした。
 男の瞳がハルナの瞳を見つめた。
「少しだけ、お世話になるよ」
 男もなぜ自分がこんなことを言ったのかわからなかった。けれど、ハルナの瞳の奥に映るものを見たら、そう言ってしまっていた。
「本当ですかぁ〜!」
「うん、記憶が戻るまではお世話になるよ。ボクにできることなら、お世話になる代わりに何かするよ」
「じゃあ、あれ」
 ハルナは瞬時にあることを思いついた。
「あなたには私の店の店長になってもらいます」
「はぁ!?」
 男は不思議な顔をした。
「店長ですよ、テンチョ」
「はぁ?」
「両親から受け継いだ雑貨店なんですけど、経営がうまくいかなくて、止めてしまおうと思ってたんです。でも、これって運命ですよねぇ〜、きっと、あなたは店長をやるためにここに来たんですよ」
「はぁ?」
 ハルナの解釈は強引な解釈であったが、男は小さく頷いた。
 こうして男は雑貨店の店長となった。
「え〜と、あとぉ……」
 ハルナはまだ何かあるのか腕首をして首を傾げた。
 男は店長を押しつけられて、これ以上何があるのかと思った。
「他にもあるの?」
「あなたの名前、名前ですぅ。名前なんて呼びましょうか?」
「ああ、名前ね」
「そうだ、?時雨?にしましょう。それがいいですよ、きっと」
「時雨?」
 なぜ、時雨なのだろうか? ハルナが答える。
「今日のお天気です。あなたが私の店に現れ時のお天気。イヤだったら『雨』とか『曇り』とか、そうだ『冬』にしますか?」
 全部気象に関する名前であった。少しネーミングセンスが外れている。
「時雨でいいよ、いい名前だと思う。いや、違う……そうだ、そうだよ、ボクの名前を思い出したよ。ボクの名前は?時雨?だ!」
「えっ!? 本当ですかぁ〜。勘で言ったのに当たったんですかぁ!?」
「うん、ボクの名前は時雨」
「じゃあ、時雨さん。明日から店長がんばってくださいね」
「えぇ〜っ!」
 そう言いながらも時雨はハルナの顔を見て微笑んでいた。そして、ハルナも微笑み、部屋は幸せな空気で包まれていった。
 時雨――それは冬のはじめ、季節風が吹き始めた頃、急にぱらぱらと降っては止み、数時間で通り過ぎてゆく雨のこと。

 時雨 完