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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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旧説帝都エデン

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「クソ、勝手に動くんじゃねぇ!」
 蜿[エン]は意思に反乱する自らの右腕を壁に強く叩きつけた。先ほどまで激しく震えて腕が静かになった。
「……治まったか」
 安堵のため息が白い仮面の奥に響く。
 帝都病院のどこかにある、蜿にのみ入室を許された謎の部屋。病院関係者はこの部屋のことを悪魔の実験室と呼んでいる。しかし、その部屋の中で何が行われているかを人々は知らない。ただ、噂だけが流れ、蜿がその部屋で悪魔の実験に耽っていると言われているが、所詮は噂。定かな情報ではない。
 月に数回、蜿はこの部屋に入って1日中、それ以上の日数出てこない日がある。院長はこの部屋に入って何をしているのだろうか、と病院職員は疑問を抱くのだが、院長に聞いても『新薬の開発の為だ』としか答えない。蜿がこの部屋で行っていることとは何なのか?
「発作の感覚が短くなってやがる、そろそろアレが来るのか?」
 突然蜿の体が在り得ない方向に曲がった。骨があるとは思えない曲がり方だ。
「クソっまだか……」
 体の次には腕が、足が、決して曲がるはずのない方向に曲がり始め、くねくねとまるで蛇のように動いている。いったい蜿の身に何が起きたというのか?
 蜿の身体が床に倒れ、うつ伏せになった彼の白衣の下で何かが蠢いているように見える。それも一つではなく無数の何かが――。
「うっ……う……」
 時折蜿の口元からは苦痛の声が零れ落ちる。仮面の下の彼の顔はどのような表情をしているのだろうか? きっと耐えがたい苦痛の表情を浮かべているに違いない。

 帝都病院に白衣の男が現れた。白衣を着ているが医者ではない。
「蜿に呼ばれて来たのだが……」
 帝都病院の受付ロビーに美しく、そして冷たい声が響き渡る。
 そこにいた彼以外の者が全員ゴクンと生唾を飲み込み一切の動きを止めた。
 プロフェッサー紅葉――この街に住む麗しの大学教授の名。この街で彼のことを知らぬ者はいないだろう。決して怒らせてはいけない人物、彼を愚弄することは死に直結するとまで言われている。そんな彼には弟がいた、それがこの病院の院長”蜿”だった。
 彼に言葉をかけられた受付の看護婦は頭が真っ白になってしまった。それは彼の美しさの為である。彼の美しさはこの街で1、2を争うものだ。
 看護婦は数秒間を置いてやっと我に返ることができ、新陳代謝も元通りになり顔を赤らめた。このしぐさは紅葉に見つめられているからなのか、紅葉に見とれ仕事を忘れてしまったことへの恥じらいからなのか?
 看護婦は思った、『これで何回目だろうか』と、紅葉がここに来たのは初めてではない。しかし、彼が来るたび彼女の心は淡い初恋のような気持ちに身体を奪われてしまう。彼女は紅葉の虜なのだ。
「あ、あの院長室でお待ちになっておられます」
 彼女はまるで最後の力を振り絞るかのように声を出した。だが、白衣の麗人には関係ない。
「ありがとう」
 ただそれだけ言うと、白衣の麗人は音もなく院長室へと歩き去ってしまった。
 その後バタンという音を立て紅葉の応対をした看護婦は失神を起こして倒れてしまった。しかし、幸いにもここは病院だった。

 院長室のドアがノックも無しにいきなり開けられた。
「ノックぐらいしろ!」
 そうは言ったが彼にはわかっていた。紅葉がこの部屋に来る10m以上先から、彼の足音を聞き分けて。しかし、紅葉は足音を立てずに歩く。それではなぜ彼が来たことがわかったのであろうか。
「何の用だ?」
 蜿の言葉など、どうでもいいといった風に紅葉は自分がここに呼ばれた訳を簡潔に聞いた。
「あそこに行くから兄貴も来い」
 紅葉の態度に合わせてこちらも簡潔に述べた。しかし、これだけで相手に伝わるのだろうか?
「仕方あるまいな……」
 この発言は相手の言葉を理解したということなのか?
 紅葉は言葉を続ける。
「どの程度の症状だ?」
「完全に自由を奪われちまった」
「それは?なった?ということか」
「そうとも言う。薬ではもう押さえられないみたいだ」
「門の開く明日の朝方だ」
 状況を把握し用は済んだと紅葉は白衣を翻して院長室をすぐに出て行こうとした。その背中に蜿が声をかける。
「あの道を使うのか?」
「あそこに行く道はあれしかないだろう」
 振り向きもせず紅葉は部屋を出て行った。
 残された蜿の白い仮面の下から小さな声が零れた。
「短く、そして長い道か……」
 ここで行われた会話は、二人の間だけに通じる会話だった。他人が聞いても何のことを言っているのかさっぱりわからないだろう。

 次の日の朝早く、路上で酔いつぶれていた中年の男性は、信じられない光景を目の当たりにして、すぐさま交番に駆け込んだ。
「お、おまわりさん、ひ、ひとが」
「あの、ボクはおまわりさんじゃないんだけど……」
 中年の男性を出迎えたのは警察官ではなく、黒いロングコートを来た若者だった。もう春だというのにスプリングコートではなく、冬物の暑そうなコートだった。
 酔っていた男性には最初、それ誰なのかわからなかったがすぐさま酔いを覚まし、
「あ、あんたは!」
「今、ここの人出払ってていないんです、代わりにボクが聞いて伝えましょうか?」
「ああ、あんただったら……」
「では、お話を」
 と若者は言って男性を椅子に座らせた。
 酔っ払いは既にただの中年男性に戻っており、口調もしっかりしていた。
「あれは、ほんの数分前のことだったんだが、人がいきなり消えちまったんだ」
「よくわからないです、もっと詳しくお願いします」
 若者の言うことは至極最もだ。あまりにも簡潔過ぎる話の内容に頭を抱えている。
「俺が路上で倒れこんでたら、二人組の白衣を着た男が来て……」
 若者の眉が少し上がった。そして若者が口を開いた。
「白衣の? ……あのぉ〜、特徴をもっと詳しく言ってもらえませんか?」
「遠くからでよくはわからなかったが、ひとりは長い黒髪のやつでもうひとりは不気味な仮面を顔につけてやがった」
「それでその二人がどうしたんですか?」
「それがよぉ、いきなり俺の目の前で消えちまったんだ、まるで空間に吸い込まれるようにスーっとよぉ、本当だぜ信じてくれよ」
 先ほどまで酔っていた男の戯言かもしれない。しかし、若者にはこれが真実の話であると確信があった。
「信じます、たぶんその二人はボクの知り合いですから……」
「じゃあ、俺は家に帰んねぇとカミさんに怒られんで帰るわ」
「しっかり、伝えときます」
 中年の男は足早に交番を後にして行った。それをちゃんと見届けてから若者はこう呟いた。
「はぁ……ここの人が生きてればだけどね」
 若者はため息とともに肩を落とした。

 どこまでも続く白い空間、見渡す限り白に埋めつくされている空間に溶けてしまったかのような二人の姿。白衣の二人はこの空間にいた。
「いつ来ても、この空間は気が狂いそうになる」
「私はそうは思わんが」