旧説帝都エデン
「あらん、だって魔導書が欲しかったんでしょ?」
「そ、そうだけど……」
「仕方ないのぉ、マナ殿、時雨の助太刀をしてはいけぬという掟はあるのかえ?」
「そんなルールは特に決めてないけど」
「ならば、今この時からわらわは時雨の助っ人じゃ」
「えぇー、命ちゃんが時雨ちゃんの助っ人しちゃうのぉん、強敵現るって感じじゃない」
「そうと決まれば逃げるぞ、時雨!」
「えっ!?」
命は念の込めてあるお札を何処からともなく取り出すと、それをマナ目掛けて投げつけた。そして、お札は見事マナのおでこに命中した。
「な、なんなのこのお札は?」
「その札には身動きを封づる術がかけてある、まぁお主のことじゃ、ほんの時間稼ぎ程度にしかならぬと思うがの」
そう言うと命は時雨を引きずりながらこの場をあとにしていった。
マナは二人を追いかけようとしたが身体が動かない!
「あぁん、何なのこれ、ホントに身体が動かないじゃない」
境内に取り残されたマナはこのあと10分間、独り悶えていた。
「はぁ、どうにか逃げられた」
「お主、いつもため息ばかりついておるが、ため息をつくと寿命が縮むという話を聞いた事がないのかえ?」
「はぁ、だって仕方ないよ、毎日大変なことばかり起こるんだもん」
「お主も数多の事で苦労しているのだのぉ」
帝都の天使と美人神主のツーショットは都民の格好の的であった。多くの人は彼らを見かけると足と止めたた呆然と二人を眺めていた。
時雨がふと足を止めた。
「どうしたのじゃ?」
「ほら、これ見てよ」
「なんじゃ?」
時雨が指を指した方向には電気屋のショーウィンドがあり、その中にはテレビが飾られていた。そのテレビの画面には夕方のニュースが映し出されていて、ちょうど時雨が見ているその時、あの時の時雨とマナの追いかけっこの姿が映し出されていた。
「あはは、帝都都民が死神と魔導士を間違えるだってさぁ」
「もし、わらわがお主だったら一生街を歩けぬ生き恥じゃ」
「そうかなぁ?」
「まぁ良い、はよう行くぞ」
二人はまた歩き出した。
「ところでさぁ、命はボクの助っ人をかって出てくれた訳だけどさぁ、勝算とかはあるの?」
「ある」
命は深くうなずいた。
「えっ、ホントに!」
「勝算が無くば、あんな奴とはやり合ったりはせぬ」
「どんな作戦があるの?」
「この勝負は明日になるまで持ちこたえれば良いとさっき言っとったが。そうでもない、勝負はその前に決着する」
「どういうこと?」
「今夜は満月じゃ」
「あぁ、そっか!」
時雨は何かひらめいた様子で目を見開いた。
「この街で一番高い建物の所に行くのじゃ」
「帝都タワーのビヤガーデンかな?」
「急ぐぞ」
二人は急いで帝都タワーに向かうことにした。
帝都タワービル――帝都の観光パンフレットにも載っている帝都の観光名所の一つで、帝都一の高さを誇る30年前に建設された建造物である。
そのタワーの屋上にはビヤガーデンがあり、夜になると仕事帰りのサラリーマンやOLで賑わいを見せる。
店の位置する場所は、高度が非常に高いため強風が吹き荒れ、店内を超強化ガラスで覆わなければ、とても営業などしてられなかった。
そのためビヤガーデンと言っても一般的なビヤガーデンと違い屋外にあるという訳ではなかった。
しかし、壁や天井は全てガラス張りのため外からの光を店内に取り込むことが出来る。それが命と時雨の狙いであった。
仕事帰りのサラリーマンやOLで活気に満ち溢れているこの場にどうみても不釣合いな二人。
ひとりは巫女装束で格好がこの場と合っていない。もうひとりはなぜか全身から恐怖を醸し出していて、この場の明るい雰囲気とは正反対の顔をしていた。
暗い面持ちの黒いロングコートを来た男――時雨はフロアの中央にある時計を見た。
「月が昇るまで後、40分くらいだね」
「まだ、陽が沈んでおらんというのに人が多いのぉ」
命は店内を一瞥した。
「日曜だからね、しかたないよ」
「しかしのぉ」
命は渋い表情をしてもう一度店内を一瞥した。
「どうしたの?」
「マナがここに現れたら、この者達に被害を及ぼすのではないかと思ってのぉ」
「……あ゛っ、気づかなかった」
「しかし、多少の犠牲は仕方ないであろう?」
「まぁね、ボクが殺されるよりまし……だよね?」
時雨は複雑な表情をしながら店内にいる人たちのことを見回した。
時雨の目線がちょうど中央エレベーターホールに向けられた時、ちょうどエレベーターが来たらしく、そのドアが開かれた。
チン! という音とともに出てきたのは――。
「探したわよぉん、お二人さーん!」
エレベーターが開かれたと同時に中から出てきたのはマナだった。
マナはエレベーターから降りると、腰に手をやりワザとくさいモデル歩きで二人の元へ近づいて来た。
「おほほほ、命ちゃ〜ん、やってくれたじゃな〜い」
マナは少し怒りの表情を浮かべ、ゆっくりと二人の元へじりじりと歩いてその距離を狭めてくる。
命はマナの感情を逆なでするようにいかにもとぼけたようすで言葉を返した。
「なんの事じゃ?」
「おほほ、とぼけてもムダよ〜ん」
「だいぶ苦労したようじゃのぉ」
命はマナを見下したような微小を浮かべた。
「あたりまえじゃない。どんな術を使ったか知らないケド、どんな魔法を使ってもあなたたちの居場所が見つけられなくて苦労したんだから」
マナは時雨たちを探すのに地道に聞き込みをしたらしい。
「特殊な護符で結界を張ってあったのじゃよ」
命は護符をマナに見せ付けた。
「さすがは命ちゃんね、でもこのゲームはあたしの勝ちよぉん!」
マナはそう言うと大鎌をどこからともなく取り出し、突然時雨に襲い掛かった。
店内の客たちにどよめきが走る。逃げ出す者もいれば時雨たちの周りに群がる野次馬やよっぱらいもいた。
時雨はコートのポケットからビームサーベルを取り出すとそれのスイッチを押した。すると閃光が飛び出し辺りを照らし、客たちの歓声が挙がる。ショーと間違えて拍手をする者もいた。
「ショーじゃないんだけどなぁ」
時雨が困った表情をして客たちを見回していると、マナが時雨目掛けて大鎌を振り下ろしてきた!
時雨はマナの攻撃を流れる水のように交わし、ビームサーベルで大鎌の枝の部分を斬り落した。
鎌の部分が金属音を立てて地面に落ちた。すると鎌はまばゆい光とともにどこかに消えて、いや、消滅してしまった。
マナはすかさず次の攻撃に入った。
「我は汝をクイック召喚する」
マナの足元からは光が迸り彼女の髪は下からの霊気により逆立てられる。
「出でよ、アンドラス!!」
マナの声と共に地面が裂け中からはおぞましいうめき声が地響きと共に聞えてきた。
そして、中からマナに召喚された悪魔が巨大な狼にまたがり閃光と共に地の底から現われた。
悪魔の姿は、体は天使の姿、背中には黄金に輝く翼、頭は鴉、そして、手には剣が握られていた。
「さぁ、アンドラスちゃん、殺っちゃってぇ〜ん」
悪魔は時雨を睨みつけ剣を構えた。
「我、全テヲ滅スル者ナリ」
時雨は命の方に顔を向け、
「やばいんじゃないの?」
と問い掛ける。
「客を外に出さねば」
作品名:旧説帝都エデン 作家名:秋月あきら(秋月瑛)