Journeyman Part-1
4.骨格
エドワード・タナカからのGM就任の打診を受けた際、ジム・ブラウンは即答しては居ない。
「非常に魅力的なオファーで嬉しいよ、だが、返事は少し待って欲しい」
「良いですとも」
「期限は……」
「お任せしますよ、あなたならご自分でスケジュールを立てられる」
「それは私がオーケーした場合だろう? 断ったらどうするね?」
「その可能性を考えていないもので」
エドワードの声の調子は笑っているかのように軽いが、ジムは真剣にならざるを得ない。
正直、やりたい気持は強い、しかし、思うようなスタッフを集められなければ、隠居生活を返上してまで地球の裏側に出来る新チームを引き受けることは出来ない。
「いや、やはりヘッドコーチの目安がついてからでないと引き受けるとは約束できないんだが」
「あなたなら相手が誰であれ口説き落とすと信じてますから」
「なるたけ早く返事をするようにするよ」
「良い返事を期待していますよ」
電話を切ったジムは、それを置く間もなく登録してある番号にカーソルを合わせた。
「ハロー、ビル・ミラーですが」
「私だ、ジムだよ」
「やあ、ジム、また釣りのお誘いですか? それともバーベキュー?」
「いや、ビジネスの話なんだ」
「悠々自適の生活を送っていらっしゃると思っていましたが、いったい何を始めようと言うんですか?」
「トウキョウ・サンダースのGMをね」
それを聞いたビルはしばらく絶句した。
「……やはりあなたはフットボールの虫ですね、それで私にサンダースの話を持ちかけて来るという事は……」
「わかっているだろう? 君にクラブハウスの清掃係をやってくれとは頼まんよ、自分の机の上も片付けられない男だからな、だが、フットボールチームの問題なら君ほど的確に片付けられる男を私は他に知らないのでね」
「私もあなたと同じでこの3年はコーチ業から離れているんですがね」
「だが、テレビで解説をしているだろう? 綿密なリサーチをして、充分な考察を加えてからマイクの前に座っていることは見ればわかるよ」
「……サンダースですか……ミスター・タナカはあなたをどうやって口説いたんです?」
「3年間は一切口出ししないから、私が思うとおりのチームを作ってくれとね」
「全くの新チームですからね、ゼロからの出発になる、大変な仕事じゃないですか」
「どうも私はフットボールとなるとワーカホリックになるらしいな」
「ははは、そのようですね……ジム……」
「なんだい?」
「ゼロからのスタートと言う点については私も抵抗し難い魅力を感じます」
「そう言うと思ったよ」
「しかし、私の一存だけでは決められないのですよ」
「わかってるよ、何しろ地球の裏側に出来るチームだからな」
「3分待ってもらえますか?」
「3分?」
「キャロルは庭で土いじりをしているものでね、彼女の了解を取らないと」
「ああ、もちろんだよ」
「このまま切らずに待ってもらえますか?」
「いいとも」
だが、ビルは2分後には電話に戻った。
「お供しますよ、トウキョウへ」
「ありがとう……キャロルはなんと?」
「大きな溜息をついて、どうせ反対しても無駄なんでしょう? とだけ」
「私もキャロルに感謝しないとな」
「ジム……」
「なんだい?」
「キモノってのはいくら位するものですかね」
「いや、私も知らないが……どうしてだね?」
「トウキョウへ付いて行く条件がキモノをプレゼントすることなんですよ、ニシジンオリとかいうものに憧れていたらしいんですがね……」
ビル・ミラーはジムがクリーブランド・ランダーズのヘッドコーチをしていた頃のオフェンシブコーディネーター。
フットボールでは野球の監督に当たる役職をヘッドコーチと呼び、その下にオフェンシブコーディネーターとディフェンシブコーディネーター、キッキングゲームを担当するスペシャルチームコーディネーターを配する。
そして各ポジション毎に専門のコーチが付くのが通例だ。
コーチングスタッフを含めたチーム構成を総括するのがゼネラルマネージャー。
チーム全体を総括するのがヘッドコーチ。
オフェンスチームを総括し、プレーコール(攻撃毎の作戦)を出すのがオフェンシブコーディネーター。
ディフェンスチームを総括し、相手のプレーコールを読んでディフェンス隊形の指示を出すのがディフェンシブコーディネーター。
大雑把に言えばそういう役回りになる。
この4人の間に不協和音が響くようではどんなに優秀な選手をそろえたチームでも充分に機能しないが、逆にがっちりかみ合えば少々戦力的に劣るチームであっても快進撃を見せる可能性もある。
ビルはジムがヘッドコーチを退いてGMに就任した際にヘッドコーチに昇格し、その後ずっと一緒にやって来た、気心が知れた間柄だ。
ジムが勇退した後のGM職にビルが着かなかったのは、その間のランダーズの成績が素晴らしく、長い黄金時代を築いたことに起因する。
ジムがヘッドコーチに就任した頃のランダーズは低迷期にあり、ジムがそのチームを建て直し、ビルがその後を継いで、GMとなったジムと二人三脚で常勝ランダーズを率いたのだが、栄光の日々が少々長すぎたことは否めなかった。
NFLでは厳格なサラリーキャップ制が敷かれている、更に前年度に成績が奮わなかったチームから先に指名できるウェーバー制ドラフトの下では、有力選手を引き抜くことも能力の高い新人を獲得することも難しい、ランダーズでは選手の育成に力を注いで対処したのだが、ドラフト時には評価が高くなかった選手でも長く活躍すれば年棒は上る、するとサラリーキャップを圧迫してしまうから、せっかく育て上げた選手を放出してまた次の選手を育成しなければならない、しかし、それが必ずしも上手く行くとは限らないし、サンダースのオーナーとなったエドワードのように、これからと言う選手を怪我で失うこともままある、長期間にわたって勝ち続けることは綱渡りのようなものなのだ。
綱渡りを続けていれば神経は磨り減る、これと見込んだ選手が伸びなかったり怪我をしたりすればFAなどで補わなければならず、徐々にひずみも広がって行く。
GMのジムも、ヘッドコーチのビルも、すっかり消耗してしまい、ランダーズを離れたのだ。
しかし、新チームをゼロから作り上げるという仕事は魅力的だ。
また違った難しさはあるし神経も使うが、尽力の先には希望の光が見えるのだ、負ければ叩かれる常勝チームを維持して行く仕事とは違う。
ジムもビルも新チームと聞けば、低迷していたランダーズを建て直して上昇気流に乗せた頃の、やりがいに満ちた時期を思い、血が騒ぐのを抑え切れないのだ。
数日後、ジムはビルの家にいた。
二人ともクリーブランドを離れてはいないので、車で30分ほどの距離に住んでいるのだ、だから釣りやバー場キューもしばしば一緒に楽しんでいる。
ビルの家を訪ねたのは、ジムは既に妻を亡くしているのでもてなしてやれないと言うのがその理由。
実際、ジムがランダーズのGMを勇退したのは、長年支え続けてくれた妻を亡くした心労も大きかったのだ。
「ジム、いらっしゃい」
「やあ、キャロル、すまないね、ビルを駆り出して」
作品名:Journeyman Part-1 作家名:ST