茨城政府
現状、行政のトップである知事に、自衛隊は県知事による災害派遣の形のままなのか、県知事を総理大臣の代理として指揮下に入るべきなのか、ご判断いただきたい」
うーん、と篠崎は腕組みをし、ゆっくりと目を閉じうつむく。
「現状の自衛隊の立場で、米軍の攻撃から県民を守ることは可能ですか?」
ゆっくりと顔を上げた篠崎が尋ねる。
「法的には可能です。
県民への攻撃に対しては、本来、武力攻撃事態法に該当するものですが、対処の方針を決める政府がここには存在しないため、現段階では適応できません。ただ、自衛隊法の国民保護措置の観点からいえば、自然災害やその他の事態において、自衛隊は国、地方公共団体、指定公共機関等、国民保護措置の各実施主体と連携し、国民の保護のために必要な措置を講じることができる。とあります。
自衛隊の基地や設備については、『武器等防護のための武器使用』により、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で武器を使用することができます」
石山は、言葉を詰まらせる。ここまでが限界なのだ。
「つまり、正当防衛の範疇での武器使用が限界です。
いかにこちらの技術が進歩していても、少ない装備で多数の攻撃から県を守るには限度があります。法的には守れても、物理的に守りきるのは不可能です。しかも今の我々には抑止力を示す手だてがありません」
力無く言った石山は、悔しそうに机の上で握りしめた拳を見つめる。
「抑止力?」
篠崎は石山の言葉を意外に感じ、聞き返した。
「そうです。抑止力です。我々の時代に大きな戦争、特に核保有国の間で戦争が発生しないのは、核の恐ろしさを互いに認識しているからです。だから撃てない。核を撃ち合えば必ずどちらも滅びることを知っているからです。これを『核の抑止力』といいます。
一方で核を持たない我々自衛隊は、装備の性能と練度の高さを示し、他国に対して、日本を侵略しようとすれば、甚大な損害が出る。あるいは、日本を侵略することは不可能だ。と思わせ、侵略の意図を断念させる。それが我々の抑止力です。
しかし、この時代の人々は、我々の装備の能力を知りません。この時代にはあり得ない、いかに優れた装備を我々が持っていても、これを知らない米軍は攻撃してきます。攻撃に失敗すれば、さらに大きな兵力で攻撃してきます。こうなってしっては防衛しきれません」
そりゃそうだ、やっつけてしまえ、何のための自衛隊だ。さまざまなざわめきが起こる。どれも間違えではない。そう、それぞれが思っているに違いない。
「実力を示すべきだ。と?」
腕組みをしたまま、篠崎は目を見開き、口を堅く結んだ。自称、軍事マニアの知事だからこそ、その恐ろしさを想像することは難しくない。ざわめきに批判の色が濃くなる。
「それは、私どもが言える立場ではございません。シビリアン・コントロールの範疇を越えてしまいます。我々をどう使うか、武力を持つ我々自身が決めることはできません」
確かにそれはそうですね。呟いた篠崎はなおも考え込む。
「すみません。ちょっとよろしいですか?」
古川が声のトーンをあげて、その場をまとめるように見回す。注目を得るとスクリーンにあった地図は茨城県の部分を拡大する。
「我々は、世界中を敵に回して戦っている日本の一部として存在しています。しかし、我々は戦後の日本人です。この時代で孤立しているのです。これを明確に世界に示さなければなりません。
我々は、日本に属さない。したがってアメリカをはじめとした連合国とも戦闘状態にはない。まずは、このことを全世界に表明してはいかがでしょうか」
確かにそうだ。同意の輪が広がる中で、
「表明する。って言うが…どうやって示せばいいんだ。それに、そんな突拍子もないことを、信用してくれる奴なんているもんか」
土木部長が吐き捨てるが、誰も反論できないでいる。絶望のため息があちこちから漏れる。
「ありますよ」
古川は、優しいトーンで答える。大丈夫だよと、語りかける父親のような笑みを浮かべて続ける。
「ラジオです。テレビもネットもないこの時代、民衆の娯楽はもとより、政府、軍隊、諜報機関に至るまで、ラジオの情報を収集していました。一方で各国は、ラジオを使って謀略放送を行っていました。これは今でもありますが。
ラジオで表明し、呼びかけるんです。NHK水戸放送局に茨城放送から、ありとあらゆる周波数で流しまくる。世界の裏側まで届くように短波放送もやりましょう。独立を認める国家がなければ成立しませんが、少なくともラジオ放送で我々を全世界が注目する中、一方的な攻撃は躊躇するはずです。この間に我々の優位性を徐々に示し、他国の興味を引く、我々は危険ではない、有用だと、味方になってくれる国家を増やすんです」
なるほど、という言葉がちらほら沸く中で、誰もが気になるワードを篠崎がぶつける。
「しかし、独立って言ったって」
弱々しく言う篠崎に、古川はきっぱりと言い放つ
「茨城政府」
独立は、自ら勝ち取るものです。
古川が力強く付け加えると。徐々に賛同の声が起きた。
茨城が産声を挙げた瞬間だった。この過酷な世界で生き残るために。