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茨城政府

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「よしっ、一つずつ確認だ。以北はどうだ?停電はどうなった?」
 老練な指令長のダミ声に全指令員が反射的に耳を傾け喧噪が静まり返る。
 品川駅から仙台駅を結ぶ常洋線。そのうち取手〜福島県の逢隈までを茨鉄指令が担当している。そして茨鉄指令では取手〜いわき駅を以南卓、それより北を以北卓に分けている。
「以北は見えません。」
「見えない?どういうことだっ。」
「画面が真っ赤です。」
 指令員としてはまだまだ新人の声は悲鳴に近い。
「真っ赤じゃわからん。アラームを読み上げろ!筑西線はどうだ?」
「結城を出た1756Mが消えました。無線も応答ありません。小山駅と東鉄にも繋がりません。」
「消えただと?向こうに入ったんじゃないのか?」
 友部駅と栃木県の小山駅を結ぶ筑西線は結城〜小山駅間で東鉄、つまり東京鉄道指令に担当が変わる。東京の管内に入れば画面からも消える。
「いえ、小山駅に結城発車時の遅れを連絡中に画面から消えたんです。小山との電話も同時に切れてしまいました。」
「よし、乗務員携帯に電話だ。奥久慈はどうだ?」
 奥久慈線は水戸駅と福島県の郡山駅を結ぶ本線と途中の上菅谷駅から常陸太田までの太田支線から成る非電化の路線で、袋田の滝など沿線の絶景と豊かな食が魅力の観光線区だ。水戸から谷田川駅までと太田支線を茨鉄指令が担当している。
「下野宮から北が真っ赤になってます。制御不能が表示されています。」
「どういうことだ。」
 独り言のように呟く指令長の言葉に続きがないことを知った指令員たちは、ある者は駅を呼び、あるものは無線に叫び続け、停車させた列車や駅からの質問攻めにあっている指令員もいる。再び喧噪に包まれた指令室に無線の呼び出し音が響く。
「こ、こちら1561M運転士です。て、停車しました。どうぞ。」
 無線のモニタースピーカーからの声に指令室全体が固唾を飲む。
「停止キロ程及び現在の乗車人員、急停車による怪我人の有無を教えてください。どうぞ。」
 何かに怯えたような運転士の口調に違和感を覚えた指令員もいたが、無線を担当している指令員の口調は淡々としている。
 目が合った指令長が頷く。
−指令員が現場の人間を不安にさせたり慌てさせたら元も子もない。自分は安全な場所にいるのに、なんでお前が慌てるんだ。−
 今度は俺が新人に教える番だ。
「こ、こちら1561M運転士です。せ、線路が。」
 線路?いったいどうしたんだ?様子がおかしい。周囲がざわめく。
「こちら茨鉄指令。1561M運転士、線路はどのような状態ですか?どうぞ。」
−現場に五感がある。無線は自分が絵を描けるように聞きだすんだ。−
 言われ続けた言葉が木霊する。そうだ、聞き方を変えながら情報のパズルを組み上げていく。
「線路が、ありません。どうぞ。」
 保守を担当する部署や付近の駅、上位組織への連絡。蜂の巣を突いたような騒ぎとはこのことだ。
「。」
 無線の受話器を持ったまま絶句する。駄目だ、ここで固まってしまっては絵が描けない。関係部署が的確に動けるだけの絵を描けなければならない。
「脱線しているのですか?どうぞ。」
「脱線はしていません。どうぞ。」
 脱線していなければ大丈夫だ。安堵の声がいたるところで漏れる。
「線路は、何メートル先までありますか?また、周囲の状況を教えてください。何か異変は見られますか?どうぞ。」
「線路は100m先まで見えます。その先は見えません。真っ白です。」
 職業上、運転士の目測は正確だ。「霧か?」周囲で憶測が飛び交う。
「真っ白というのは、濃霧、霧のことでしょうか?どうぞ」
 憶測で現場を惑わしてはいけない。
「いえ、霧ではありません。100m先まで視界は明瞭です。」
 言葉遣いから運転士も冷静になってきたことが分かる。霧じゃなかったら何なんだ。
「白い、え〜、壁のようなものが見えます。」
 壁、誰かが線路を壁で塞いだのか?一瞬で?発泡スチロールでも飛んできたか?
「壁の幅と高さを教えてください?運転士、撤去可能でしょうか?どうぞ?」
「撤去は不可能と思われます。見渡せる範囲すべて白い壁のようなものになっています。高さは、え〜、雲よりは低く、ん〜、山のような、え〜、恐らく300m程度と思われます。どうぞ。」
 どよめきが凍り付く。
「これじゃ絵が描けない。」呟いた無線担当は走り書きに高さを書き込んだ。

作品名:茨城政府 作家名:篠塚飛樹