④全能神ゼウスの神
リカ様は、ジッと私を見つめる。
「…めいは、すごいな。」
長めの前髪からのぞく黒い瞳が、眩いものを見るかのように細められた。
「今まで、王子の時もゼウスの時も、国や民、宇宙…全て私がひとりで守るもんだと思っていた。確かに兵士や天使や悪魔達と一緒に闘ってきたけど、ひとりで采配し、最後は私が全て責任を負ってきた。…だから、支え合うなんて、知らなかった。」
私は、大気に瞬く星のように揺らぐ黒瞳を、真っ直ぐに見つめ返した。
「知って、良かったですか?」
「ん。」
私が訊ねると、リカ様は頷きながらふわりと笑った。
やわらかに細められた瞳は本当に美しく、私の心すべてを一瞬で奪ってしまう。
そうして二人でしばらく見つめ合い、微笑みを交わした。
「なぁ。」
不意に、低い声色でリカ様が口を開く。
「めいは、私のどこが好き?」
直球で訊かれ、私の心臓が爆発しそうになった。
「え…!?いや、あの…ええ!?」
想いを伝える予定でなかった私は心の準備ができておらず、激しく動揺する。
そんな私を見て、リカ様が吹き出した。
「めい…動揺しすぎ!」
肩を揺らして笑うリカ様を至近距離で見て、羞恥も伴って更に身体から火が出そうに熱くなる。
私は必死に気持ちを落ち着けようと、深呼吸を繰り返した。
「こら。そんなにしたら、過呼吸になるぞ。」
リカ様が、私の背を優しく撫でてくれる。
その瞬間、また金色の光に包まれた。
「…。」
慌てて体を離そうとすると、リカ様は私の肩を掴む。
そうこうしているうちに、光は再び虹色になっていった。
「リ…カ様っ!」
身動ぐ私を、リカ様がまた力強く抱きしめる。
「…なぁ。」
耳元に吐息がかかり、低い声が直接鼓膜に届く。
「さっき何ともならなかったから、このまましばらくいてみようか?」
喋る唇が首筋を撫で、体の芯が熱く甘く痺れた。
「そうだ。賭けてみる?」
(賭ける?)
「そ。長くこの光を浴びてもしゼウスになったら、神界に一緒に帰ろう。で、魔導師のままだったら、ここで一緒に暮らそう。」
リカ様の言葉に、胸が熱くなる。
「ま…魔導師長とゼウス…どちらが力は強いんですか?」
甘い悦びでだんだん腰に力が入らなくなってきた私は、リカ様にしがみつくように胸元をぎゅっと握りしめた。
「さー…異空間だし、力の種類も違うから比較しようがねーもんなぁ。ただ」
そこで言葉を切って、黙りこむリカ様を私は見上げる。
すると一瞬視線を交わした後、すぐにきつく抱きしめられた。
「…ただ?」
私は訊ねながら、リカ様の胸に頬を押し当てた。
(リカ様の鼓動…少し早い?)
ゼウスの時も、何度もこうやって抱きしめられてきた。
けれど、その時よりも鼓動が早い気がするのは気のせいだろうか。
「…ただ、ゼウスと違って魔導師長は挿れてもスティグマは現れない。」
(!!)
私は思わず、リカ様を張り倒した。
「もー!!セクハラ!!!」
身体中から汗が吹き出て真っ赤になって怒る私に、リカ様が笑いながら腕を伸ばす。
「あっはっは!冗談だって。」
そして逞しい腕で、再び優しく抱きしめ直した。
「ただ、こうやってても、ゼウスの時みたいに力がみなぎる、って感じじゃねぇな。なんか…力っていうより、心が満たされる…て感じ?」
(…。)
言いながら、私の首筋に再びリカ様は顔を埋める。
「すっげー…ホッとする…。ずっと、こうしてたい。」
甘えるリカ様の大きな背に腕を回し、私は包み込むように抱きしめた。
「リカ様…。」
虹色の光が、広い室内に充ちていく。
「『様』いらねー。」
リカ様は、ゆっくりと私から体を離した。
夜空のようにどこまでも深く穏やかな黒い瞳が、真っ直ぐに私を見つめる。
「支え合う、って、対等ってことだろ?」
「…はい。」
私が頷くと、リカ様がふわっと笑った。
「じゃ、敬語も様もいらねーじゃん。」
「…。」
(…それは…。)
いきなりのプレッシャーに、思わず目を逸らすと、すかさず顎をとらえられる。
「タメ口で呼び捨てにしないと、ちゅーするぞ。」
(ちゅー!?)
艶やかな笑顔と裏腹の可愛い言葉に、胸がきゅっとしめつけられ、理性はブラックホールへ一気に吸い込まれた。
「…じゃ、言わない…。」
「は?」
思わず漏れ出た本音に、私もリカ様も驚く。
「あっ!つい本音が!」
言いながら、それも隠すべき本音だったと気付き、口元を慌てて隠したけれど、時すでに遅し。
「あっはっは!!」
リカ様がお腹を抱えて笑い始めた。
「ごめんごめん、逆だな!」
笑い涙を拭いながら、再びリカ様は私の顎をとらえる。
「タメ口、呼び捨てができたら…ご褒美にちゅー。」
「!!」
言いながら顔を傾けるリカ様の色香に堪えきれず、私の意識も遂にブラックホールへ吸い込まれてしまった。