④全能神ゼウスの神
表情を強ばらせるリカに、ギルが小脇に抱えていたタブレットを開いて見せた。
「これです。」
そこには、粗い画像ながらも確かに金髪の女性がいるのが見える。
「なぜここにいるのか、いつからここにいるのか、全くわかりません。でも、形があるので生きていることは確かです。」
ギルの説明を聞いているのかいないのか…リカはタブレットを取ると、なにやら素早く操作し始めた。
「…ヘラ…。」
「え!?」
驚いてリカの肩越しに画面を覗き込むと、先ほどより処理され鮮明になった画像が見える。
そこに映る金髪の女性は、確かにヘラ様によく似ていた。
しかも、美しい碧眼がまっすぐにこちらを見つめているように見える。
「ヘラ様!」
私が叫んだ時には、リカは寝室を飛び出していた。
私も慌てて後を追う。
けれど、素早いリカは既に廊下に姿がなかった。
「もー!また置いていく!!」
私が怒ると、横を走って来たギルが私を見上げる。
「こっちだ!」
「…私も行っていいんですか?」
少し冷静になって躊躇う私に、ギルがニヤッと笑った。
「あんた、噂の『めい』だろ?」
「…噂?」
訊ね返すと、私を手招きギルは廊下を歩き出す。
「魔導師長はここに来て以来、昼夜問わず必死で二人の女を探していた。ひとりは、さっき魔導師長が口にした『ヘラ』。もうひとりは、『めい』。だから、あんた『めい』だろ?」
「はい。」
「で、しかも『フェアリー』なんだろ?」
「!…はい。」
「たしかに、すっげーオーラだな!!魔導師長がいっつも神界で強いオーラを感じると、すぐ飛び出して行ってたからみんなで噂してたんだ。」
(そんなに探してくれてたんだ…。)
胸が熱くなった時、重厚な扉の部屋にたどり着いた。
「そんだけ強い力があるんなら、この部屋にも入れるからさ。」
そう言いながらギルに中へ促され、私は恐る恐る足を踏み入れる。
「時空の部屋だ。」
そこは、プロビデンスの間と違って優しい水色の光りが満ちていた。
その中心に、リカが立っている。
周りを大勢の魔導師に取り囲まれ、よりその若さが際立っていた。
(若いけど…やっぱり王の風格がある…。)
そのリカに、ひとりの魔導師が大きな杖を持って歩み寄る。
「ん。」
リカはその杖を受けとると、高く掲げた。
その瞬間、青白い光りと共に杖の上に透明な珠が生まれ、その中に虹色の光が宿る。
リカは空中に何かを描くように、その杖を体全体を使って大きくふった。
すると、その杖の軌道に合わせて魔方陣が生まれる。
(すごい!)
虹色に輝く魔方陣を杖で突き刺した瞬間、室内が藍色に変わった。
そして、大小様々な光が現れる。
その中に、惑星らしき大きな星も現れた。
「宇宙?」
私が呟くと、ギルが頷く。
「宇宙でもあるし、時空間でもある。今から、この時空間を魔導師長が一枚ずつ捲っていく。」
(時空間を捲る?)
想像がつかない私の前で、リカが杖をひとふりした。
すると、スクロールするように星が流れていく。
それはさながら流星群のようで、私の目は釘付けになった。
「綺麗…。」
私が感動する間も、リカは全身を使って杖をふり、時空間をどんどん捲っていく。
それに合わせるように、魔導師たちもそれぞれに魔法を唱えた。
その魔法に合わせて、珠が虹色の輝きを強める。
けれど、だんだんとリカの呼吸が乱れてきた。
「…はぁっ…。」
顔色が悪くなり、汗がこめかみから滴り落ちる。
「リカ!」
私は駆け寄り、ふらついた体を支えた。
その瞬間、爆発するように虹色の光が二人から放たれる。
「!!」
虹色の光はそのままリカの杖に吸い込まれていき、珠の中に小さな人影が現れた。
「ヘラ!」
リカ様が杖の珠を手に取り、その中に手を入れようとするけれど、どんなに魔法を唱えても割ることも溶かすこともできない。
「どうやったら…!」
そう言うと同時に、リカが再びふらついた。
「リカ!」
その手から杖がポロリとこぼれ落ち、私は慌ててリカと杖を抱き止める。
けれど、先ほどのような激しい光は起きず、いつも通りの金色の光がやわらかに私たちを包み込んだ。
「リカ、大丈夫?」
リカの体重がのしかかり、私はついよろける。
すると、そんな私をリカは抱きしめながら、弱々しい声で呟いた。
「…お腹…空いた…。」
「!」
(そっか…、朝起きて飲まず食わずだったもんね…。)
「めい、何か作ってき」
「わっはっはっはっは!!!」
突然起きた魔導師達の笑い声が、リカの声をかき消す。
「可愛い!」
「どうしたんですか?魔導師長!」
「甘える姿、初めて見たなぁ!」
口々にからかってくる魔導師達の間から、髭面の小柄な体が現れた。
そして、リカの前に跪くとその顔を覗き込む。
「今日の当番は俺なので、作ってきますよ♪」
ギルの悪戯な笑顔に、リカが体を起こした。
「…。」
そのまま私を放し、不機嫌そうにギルを一瞥する。
「めいのがいい。」
言いながら、黒い瞳を私へ流した。
「!はい!すぐ作ってきます!!」
私は弾かれたように飛び上がると、部屋を飛び出す。
(『めいのがいい。』)
リカのたった一言に、心がどうしようもなく浮き立った。
私はスキップしながら廊下を進んだけれど、はたと立ち止まる。
(…ここ、どこ?)
そもそも、時空の部屋から台所への道順を私は知らなかった。
しかも舞い上がっていたので、どこをどう来たのかわからず、戻ることも難しい。
(…リカ…助けて!)
心の中で叫んだ瞬間、後ろの方でぷーっと吹き出す声がした。
ふり返ると、いつの間にかリカがしゃがみこんでいる。
その体は小刻みにふるえ、大笑いしていた。
「あっはっは!どんだけ面白いんだ!」
リカはそう言うと、涙を拭いて立ち上がる。
「お望み通り、助けてやるよ。」
そして指差した先に、また光の線が伸びた。
「ありがとうございます!」
私は笑顔で頭を下げると、その線を辿って駆け出す。
「めい!」
珍しく大きめの声で、リカに呼ばれた。
驚いてふり返ると、リカがヘラ様の入った珠がついた杖を持ったまま近づいてくる。
「やっぱ私も行く。」
(?)
「お腹、空いてるでしょ?」
「…部屋の帰り道、わかんねーだろ?」
「あ!そういえば。」
私がぽんっと手を打つと、リカがまたおかしそうに笑った。
「おまえってほんと…。」
眉を下げて、見たことがないくらいやわらかな笑顔を向けられ、私の胸は一気に鼓動が高まる。
そっと後頭部を撫でられたら、キラッと二人の体が光った。
「ひとりで部屋にいるのも寂しいしな…。」
ぼそっと呟いたリカの言葉は、どくどくと激しく高鳴る鼓動でよく聞こえない。
「え?」
訊き返す私に、リカはふっと笑みを深め手を離した。
「なんでもねーよ。」
離れた温もりを寂しく思いながら、私は訊ねる。
「朝ごはん、なにがいい?」
リカは一瞬、私から目を逸らして考えた後、私をななめに見下ろした。
「フレンチトーストとシュガートーストで迷ってる。」