小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

シャボン玉

INDEX|2ページ/2ページ|

前のページ
 

 生物の死は美しいと言われることもあるが、幼いあの頃の私は無意識にその感覚を味わっていたのか。いや、違う。もっと単純に不思議な物体の浮遊と、それを割った時の何とも言えない高揚感が癖になって、ひたすらにシャボン玉を割っていたのだ。
 ああ、なんと恐ろしいことだろうか。幼い子供が引導を渡すことに一種、快楽のようなものを感じていたのだ。それも無意識にだ。シャボン玉を何か、動物に置き換えてみたらわかるだろう。例えば蟻を指ですりつぶしたときの背徳感と高揚感をひたすらに追い求めている子供だ。その狂気な姿に慄く大人も多いのではないか。
 もう一度、ぷくうとシャボン玉を膨らませてみた。今度はゆっくり、私の中の生命力だとか、そういうものを吹き込むつもりで、シャボン玉を創った。これまでの数個とは思い入れが数段違う。短い時間だが、確かにそのシャボン玉は私の息を閉じ込めているようで、ほんの少し、色が濃く見えた。
 筒から離れたシャボン玉は同じように空中を浮遊した。ゆっくりと上空に上がっていくが、先に飛ばしていたシャボン玉がぱっと割れた瞬間、その波紋を受けてしまったのか、呼応するようにぱっと割れた。じっくり育てたシャボン玉は気まぐれで飛ばした数個よりも短い一生しか、与えることができなかった。
 ベンチの傍には木があり、昨晩までの雨粒が残っていたのか、青葉時雨となって降ってきた。風に乗った数粒が私にあたり、冷たいなと思いながらシャボン液を眺めていた。あの木、随分と背が高いが、あの木を越して、空高くずっと飛び続けられるようなシャボン玉を生み出せはしないか。仮にできたなら、それは実に欲求を満たしてくれそうだと思えた。
 どうすれば、遠くまで飛ぶシャボン玉を創れるか。思いを十二分に込めたシャボン玉はすぐ割れてしまった。気まぐれに飛ばしたものも、そこまで持たなかった。
 ならば、鬱屈とした気持ちを吐き捨てるように吹き込むのはどうだろうか。そういう醜い言葉が似合いそうな感情というものはなかなか消えるものではない。シャボン玉の中でも同義ではないだろうか。
 私はできる限りの鬱憤に思考を任せ、力強く息を吹き込んだ。案の定、筒からぷくうと膨らむことなく、ぱちんと膜が弾けてしまった。




 そのあとは、何も考えずにシャボン玉をいくつも飛ばしていた。大小さまざまなシャボン玉が公園を浮遊して、その多勢に隠れて割れていくシャボン玉があった。私はブランコや滑り台がある公園風景を、風景画でも眺めるように俯瞰的に見ていた。その中でゆっくりと胎動するかのようなシャボン玉達も俯瞰的に見ていた。
 しばらくたって、一つにことに気が付いた。奥の一際大きなシャボン玉が割れた時のシャボン液の弾け具合が鮮明に見えたのだ。その瞬間、ああ、大きな奴を創れた時、少し嬉しかったなと初めて思い出と鑑みていた。
 その時、私は寂しさをシャボン玉におもった。奴とはもう会えない。これからどんなにシャボン玉を創ろうと、奴と同じ奴は現れない。
 これは普段の生活の中でも同じだろう。今朝食べたシシャモはもう二度と出会うことはなく、刈り取られた稲穂は二度と再生することはない。電車を共に見た、爺さんはもういない。
 つまりは、そういうことだったのか。そういう仕方のない日常を受け止めるための通過儀礼のような一面を担っていたのか。そして子供のころの私はそういう一面に気づくことなく、無意識にそういう一面を体験し、無意識にそういうことに対する免疫を備え始めていたのだ。
 例えば、雀が車に轢かれて重傷になって、それをどうにか助けようとしたあの時、結局助からなかったが、その助けようとしたがどうしようもない、という状況を経験することに意味があったのだ。

 私はそれらしいことを考えながら、心のどこかで、全く、また意味もないことを考えるものだなと呆れてもいた。こういう諧謔心に満ちたことを考えることでしか、満たせないものもあるが、そればかりを追い求めている気がする。

 
 雀に似た小鳥が私の近くまで寄ってきて、地面をつついている。パンくずでもねだりに来たのだろうか。私はパンくずの代わりにシャボン玉を飛ばした。ぷくりと浮かんだシャボン玉の模様を眺めると、日常では満たされない心の部位が満たされるような気がした。
 生み出したシャボン玉はなぜか、すっと上空に向かって浮かびだした。それまでのシャボン玉達とは明らかに違う性質を持っていた。もう少しであの木の天辺まで届きそうだという時、足元にいた小鳥が急に飛び立ち、シャボン玉めがけて飛んで行った。シャボン玉の中心を貫くと、簡単にシャボン玉は割れ、小鳥はその瞬間、破裂の衝撃にやられたのか、ふらっと不自由な飛行になった。
 翼を広げたまま、小鳥は真下に落下した。細かい土がうっすらと積もった地面に落下した小鳥はそのまま動くことがなかった。
 私は一部始終を目撃した。小鳥が私のシャボン玉めがけて飛んでいき、そのまま命を終えた。シャボン玉が小鳥を殺したのか、寿命の最後を悟った小鳥が最後の瞬間に、シャボン玉を選んだのか。真相はわからないが、私はなんだか気分をよくし、シャボン液を持ったまま、公園を後にした。
 
作品名:シャボン玉 作家名:晴(ハル)