暁の獅子 黄昏の乙女
それに、例えオーロの国が敗れカストルに隷属される事になろうとも、世継ぎの君が生きていれば、国の再興が叶うかも知れない。再興が叶わずとも、世継ぎの王子が生きてあれば、カストルの対応次第では領民が王子を旗印に内乱を起こすかも知れないと、カストル側が考えるだろう。
それを、王子を説得する材料にすればいいと、宰相は考えた。
宰相の意見に、将軍もリオンも賛同した。
「残る問題は、誰が殿下にお供するか、だがの……」
学問は博士が舌を巻くほど身に着けている王子だが、世俗の事は何も知らないと云っていい。
それに、王子にはある事情があり、それを知っているのは、父王を除けば、宰相と、母親が王子の乳母であったリオンだけだ。
「俺がお供しますよ」
溜息混じりに言うリオンに、宰相が視線を向ける。
ポリポリと鼻の頭を掻いているリオンに、宰相は将軍の夫人が王子の乳母であった事を思い出す。
「いや、リオンだけでは心許ない。幸い親衛隊の精英達が私と一緒に城に残っている。その者達もお供に着けよう」
事情を知らぬ将軍が言うのを宰相が否定する。
「いや。リオン殿だけで充分じゃろう。余分に供が着けば目立ち易くなる。それでは王子に落ち延びて頂くのに支障を来し兼ねぬ。幸いリオン殿は親衛隊一の使い手じゃ。私の影も付けるゆえ、護衛には充分じゃろう」
一人納得したように頷く宰相にトントン拍子に話を進められて、将軍は口を挟む隙を失くした。
市の代表は、これが噂に高い宰相か、と妙に感心しながら将軍の口出しを許さない手際を見ていた。
「カストルの軍が都に到達したら、我らは城で迎え撃とう。市街戦にはせぬゆえ、安心するがよい。どうか殿下とリオンを無事に落ち延びさせてくれよ」
時を争う事になると判断した将軍は宰相の意見に反論はせずに、市民の男達に頭を下げる。
男達は恐縮して、必ず王子とリオンを無事に都から脱出させると約束した。
「リオン殿、これを」
宰相はリオンに幾つかの革袋を渡す。
小振りの割にずっしりと重い革袋の中身が何であるかを、世情に長けたリオンは察して苦笑した。
リオンが見慣れない男達を将軍の部屋へ招いた時点で、何もかもを見越して用意してきた目端の利く宰相の器量に、初めから宰相の所へ行けば話が早かったようだと思った。
「親父殿、俺はこのまま王子を説得したら彼らと一緒に城を出る」
リオンは真剣な目を向けてさらりと口にする。
事実上、今生の別れとなるだろうに、まるで散歩に行ってくる、とでも告げているような口調だった。
「……解った。気を付けてな。殿下を頼むぞ。お前が一番割の悪い役目かも知れん」
「知れん?間違いなく、だぜ。幸か不幸か母上から殿下をお守りしてくれと言われて育ったからな。最後までお供させて頂くさ」
じゃあな、とあっさりと踵を返して、リオンは男達を伴って将軍の部屋を後にした。
「さて、残るはあの頑固者の説得だが、幸い宰相閣下が知恵を授けて下さったからな。何とかなるだろう」
軽口を叩きながら。
「良い御子息を持たれたな、ドーン将軍」
「何のまだまだ未熟者でございますゆえ。……ですがきっと殿下を守ってくれましょう」
隣国カストルの王は世代交代したばかりで年若い。
確かリオンより年下だった筈だ。
若いと侮ったのがオーロ王の失態だったと今となって知れたが、今更である。
「陛下を説得するのは無理じゃろう。もう意地になっておられる故。我等は城を枕に討ち死にかの」
「敵は抵抗しない者には剣を向けぬそうですから、城に残った者達には市内へ逃れるように勧めましょう」
「地下牢に囚われている者達は如何しようかのう」
「陛下の御座所は地下牢からは遠くなります。戦火が広がる事はありますまい。そのままにしてカストルの軍に解放される方が後々立場が良くなるでしょう」
二人しかいなくなった重臣は、善後策を練って夜を明かした。
オーロ王国が事実上この世から消失したのは、それから3日後の事だった。
オーロ軍一の使い手と有名だったリオン・デ・ドーンだけを供にした世継ぎの王子の行方を知る者はいない。
作品名:暁の獅子 黄昏の乙女 作家名:亜梨沙