東京人コンパ
僕達、東京人コンパはいつもダーツバーで行われた。市の中心で集まるより、ここのバーの方が人が来ないので過ごしやすいんだ。まるで貸切だ。
店員の顔も覚えた。その中の地元出身だろう身長百四十センチメートルくらいの背の小さな男の店員はどもりがあって、店員同士の中でも疎んじられていた。とくに女性のスタッフから口も利いてもらえず男のスタッフにはいつも怒られ、
「すいません。すいません」
を連発するんだ。
それでも僕達東京人はそのどもりと優しく接した。
がたいのいい店員の一人が、
「あんな奴相手に口を利いてあげなくていいですよ」
というが、僕らとしてはどもりがあってもほんの少しだけ、気を遣えばいいことだし、滑らかにいかない会話にイライラせず、笑顔で接することは造作もないことなので、特に理由はないが、みんな彼と優しく接した。
僕ら東京人はいろいろな価値観の違いはあったが、どもりと優しく接するという点では、皆が一致した。
どもりが、
「あ、あ、あの、と、東京は、や、やっぱり怖いとこなんですか?」
僕と宮下晴菜という女の子で話しているところを、そう質問してきたので、
「そうだねえ。センター街を歩くときは、いつも安全ナイフを携帯しているね」
僕はそう言った。
「区会議員なんてものはいつも防弾チョッキを着けているものよ」と晴菜は言った。
二人ともかなり真顔で言うものだから、どもりは冗談か本当なのか分からず、困惑していた。
相変わらず小柳久美とは碌に口も利けずじまいだったが、今度、宮下晴菜と八月の初旬にねぶた祭りに行くことにした。
そうして八月が来て、僕は晴菜と一緒に、十和田から離れて青森市の街へ行った。
東京で言うと、蒲田くらい開けている街だ。青森で人混みに会うのは嫌だから、僕達はあるビルの屋上に上がった。
そこで昼間からねぶた祭りを見た。
晴菜が訊いてきた。
「私が今何考えているか分かる?」
“ラッセラー、ラッセラー”
祭りの声が聴こえる。
「分からない」
「分からないじゃなく真剣に考えるのよ」
「分からないものは、分からないよ」
「そういう問題じゃなく、女の子にどれだけ真剣になれるか、私のことをどれだけ大切にしてくれるか、それが問題なのよ。私のために命を投げ捨ててくれる?」
僕は黙った。
“ラッセラー、ラッセラー”
「まあいいわ」
「私が考えているのはね。シャガールの言葉。シャガールの言葉に、“私は芸術家ではない。そうだ一匹の牡牛だ”ってあるの。私も牡牛みたいに飼い主に従順で、意見を持たなくて、ただ周りの牛の群れが右に行けば一緒に右の方へ行く。左に行けば私も左の方へ行く。世の中のことを変えたいなんて少しも思わないわ。ただ小さな私の家庭だけが幸せになれば、偉くなんてならなくていい。その私の家庭は私が実際育ってきた家庭よりずっと幸せでなければいけないの。でもそれで満足なの。宮下家の革命、幸せになっていけば、幸せの革命さえ起これば、それでいいの」
朝にしぼんでしまう夕顔のような微弱な信念に僕はこう言った。
「そうなんだ。そういう考えいいと思うよ」
“ラッセラー、ラッセラー”
そして彼女は僕の手に彼女の手を重ねた。
二人で手を握った。
そして僕達はなんとなくキスをした。
「あなたも久美って子のこと好きなんでしょ?」
「うん。まあ、そうだね。でもどうして?」
「だって、うちの大学であの子はピカ一の美人よ。モデルみたい。好きにならない男なんていないんじゃない。私だって惹かれるわ。私ね、綺麗な女の子が好きなの。変な意味じゃなく、ホント綺麗ですっごい可愛い女の子がたまらなく好きなの。そういうの分からないでしょ?」
僕は黙ってた。
「まあ、いいわ。今度、東京で会える?」
「いいよ」
「約束よ」
「うん」
「東京に帰った途端私のこと忘れたりしない?」
「しないよ」