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ALFRED 550

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 だが逆に、完璧すぎるアランの容姿は、完全なる自然物であるにも関わらず、どんな義体よりも人工的なもののように映る。義体よりも義体らしいために、人体識別システムを装備している者は、アランの身体にまったく影――人工的な部品――がないことに気づくと驚愕する。その奇跡のような造形に、畏怖や崇拝めいた感情を抱く者さえいるという。同じ家で寝起きし、毎日顔を突きあわせているバルバリートでさえ、無意識にアランの姿を目で追っていることはよくある。美しいまだらの豹が悠然と目の前を横切ったら、それを目で追わずにいられようか――そんな感覚だが、あえてそれを口に出したりはしない。アラン自身は、おのれの身を孤独な屋敷に縫いとめる原因になり続けてきたその容姿を疎んじていたし、他人が常にそのことを話題に持ち出すのにも疲れているからだ。その希有な美貌に反して、アランが人見知りで目立つことを嫌い、他人との関わりをあまり望まないのはそのせいだった。
 だが、バルバリート自身がアランに出会って変わりつつあるのと同じように、アランも少しずつではあるが確実に変化してきている。
 箱の中からバウムクーヘンを取り出しているV2の姿を楽しそうに見つめながら、アランは云った。
「レンは留守なのかい?」
「ようやく作業が終わったので、今眠っています」
「そう。それは残念だね」
 V2と話すアランがやけにあっさりとしているので、バルバリートは眉をひそめた。
「おまえ、全然驚いてないな」
「何? ああ、V2のこと?」
「アルフレッド五五〇だぞ。おれは識別システムの故障かと思った」
「一月前に、V2が換装前の義体を見せてくれて、服装の相談を受けたんだ。執事の格好がどんなかってね。今V2が着てるテイルコートは、ぼくの父の遺品なんだよ。でも、ぼくはバルバリートと違って義体に詳しくないから、残念ながら今のV2の姿がどんなに凄いことなのかいまいちぴんと来ないんだけど」
「エプシロンのおまえの屋敷に、数世紀前のクラシック・カーが何台かあっただろ」
「ああ、うん。お祖父様のそのまたお祖父様のコレクションらしい」
「あれが外見はそのままで空飛ぶように改造されたようなもんだ」
「え!」
 美しいエメラルドの目を見開いて、アランはV2を見た。だが老執事姿のアンドロイドは、さすがにそこまでじゃないという風に両手を挙げて苦笑する。それを見てバルバリートが吹き出すと、アランは怒ってその緩んだ頬をきゅっとつねった。だがV2が切り分けたバウムクーヘンの皿を目の前に置くと、うわあと歓声を上げてソファにきちんと座り直した。喜ぶアランを見て、アルスターまでもが嬉しそうにソファから床に飛び降りてぐるぐるとテーブルの周りを回り出す。まるで子供のような一人と一匹のはしゃぎっぷりに、バルバリートもつられてくつくつと肩を揺らした。
 フルサイボーグ化して以来、物を食う喜びを永遠に失ってしまったと思っていたが、一人で食べるより大人数で食べる食事の方が美味しく感じるのと同じように、アランを見ていると、食事の楽しさを思い出すことができる。
「バルバリート?」アランが覗きこんでいた。
「なんだ」
「美味しい?」
「ああ、美味いよ」
 アランはにっこりと天使のような笑顔を浮かべる。
 バルバリートの舌は、口に入れた内容物を即座に解析し、成分別にデータ化することができる。だがその成分データは、あくまでも指標に過ぎず、美味いか不味いかは、最終的には個人的な主観が決める。
 足下にもさもさした感触を感じて見下ろすと、アルスターがいつの間にか足下に座っていて、大きな黒い目でバルバリートを見上げていた。ふと思いついて、横で紅茶を飲んでいる青年に云った。
「アラン。これを食い終わったら、アルスターを連れてヴィーと外出てこいよ。生身の人間が、旧式のアルフレッド五五〇型を連れて犬の散歩をしているのなんか見たら、年寄りどもが泣いて懐かしがるぞ」
「アルスターの散歩? 別にいいけど、どうせなら三人で行こうよ」
「いや、おれは――」
 するとバウムクーヘンの残りを片付けながら、V2が云った。
「生身の人間と犬と、アンティーク品の義体と、最新型の高性能義体が一緒に歩いていたら、きっとみんな面白がりますよ。後でレンにも話してあげたい。帰って来てレンが起きていたら、先ほどアランがくれたワインを開けましょう。あなたが飲み損ねた酒には及ばないかもしれませんが、アランがくれたものですし、きっと美味しいと思いますよ」
「…………」
 バルバリートはV2の心遣いに驚き、そして苦笑して云った。
「まったく、おまえは完璧だよヴィー。あの男とつるんでいる以外はな」
「ありがとうございます」
 V2は眼鏡の奥で微笑む。
 慈愛に満ちた笑顔、さりげない配慮。それはまさに物語や映画の中で見る執事のようだった。
 クロダが行ったアルフレッド五五〇へのV2の換装は完璧な出来だった。その優雅な動作だけでなく、内面的なシンクロにおいても。 


《 了 》
作品名:ALFRED 550 作家名:犬塚暁