短編集19(過去作品)
出会いのプロローグ
出会いのプロローグ
――片想い――
学生時代などによく友達から相談を受けたものだ。
「なぁ、相談があるんだけど……」
決まって相談事といえば、恋愛相談だった。しかもいつも同じ友達とは限らずにやってくる。
「いろいろ言われても、そんなに恋愛経験はないぞ」
と言って苦笑するのだが、それでも相談にやってくる。
不思議なことに、男性に限ったことではない。中には女性も相談に来る。その主な内容は、
「私、男の人の心が分からないの。分かりやすく説明してくれるかしら?」
といったものが多く、男の私が男を見るのだから、女性の心理に当てはまるかどうか分かったものではない。迂闊に答えるわけにはいかないではないか。そういう意味でも女性からの質問が一番きつかった。
さらに追い討ちをかけるように、
「あいつは、よく女性から声を掛けられる。羨ましいな」
と、妬みとも取れる噂まで立ってしまった。
――俺の苦しみも知らないくせに勝手なことを言うな――
心の底で大きな声で訴えている。もちろん、そんなことを口にするわけにはいかない。口にしてしまったら、少なくとも彼女たちのプライバシーを話すことになり、それだけは許されることではないだろう。相談を受ける人間が、
「意外と辛いものだよ」
と苦笑いを浮かべているのが分かる気がする。そんな彼らを見ていて、かくいう私も羨ましく思っている側の人間だったのだ。
――「恋愛相談所」という看板でも掛けてやるか?
半分ヤケクソ気味に考えたりもした。ある意味、開き直りでもないと、この状況を受け入れるには苦しいからだ。
開き直りとはいいことだと思う。考えに考え抜いて見つけた結論が開き直りに結びつくことが多々ある。何か悩み事があって、必死に悩んだ挙句、最後に行き着くのは「開き直り」なのだ。きっとそこには物事の「原点」が存在し、また、自分の知らなかった境地が開けてくるに違いない。その時の私は相談されることで、自分自身学ぶことが多くなったような気がして、充実した生活だと思っていた。
一番相談を受けたのが、中学の頃だった。
しかし、まだそれほど異性に興味のなかった私に、よく皆が相談に来たものだと思ったが、逆に中立の目で見ることができたのが、よかったのかも知れない。その中で一番相談事で多かったのが、「片想い」についてだった。
――やはり――
後から考えればそれも当然のことである。相談に来る人の胸のうちは分かっていた。相手の気持ちを知りたいのも山々なのだろうが、それよりも自分の本当の気持ちが分かっていないのだ。だから、
「告白すればいいじゃないか」
と、簡単に言うわけにもいかず、相談者の考えを冷静に見抜き、しかもそれを分からせなければならない。それも私の力で分からせてもだめなのだ。本人が自分で気付くように持っていかないと、まるで押し付けのようになり、簡単に理解できることも理解できずに終わってしまう。そこが難しいところであった。
あれは中学二年生の頃だったか。私が異性に興味を持ち始めたのが遅かったこともあって、まだ彼女がほしいなど考えられない頃であった。異性にそれほど興味のない私だからであろうか、女性にも男性にも感情が入らず話ができる。ある意味淡々と話すことでクールすぎると思われているだろうが、それだけに話しやすいともいわれる。
「あなたならプライバシーが漏れることもないわ」
全幅とまではいかないが、皆からの信頼が厚かったのも事実である。もし自分が相談者でも、自分以外のほかの人には相談しないであろう。
「ねぇ、私片思いしているの」
クラスでも静かな方である麻衣が、私に相談にやってきた。それまで目立たないタイプだと思いながらも、たまに意識してしまう彼女を不思議に思っていた。
しかしその疑問は今解決したのだ。相談しながら私を見つめる目、ドキドキしながら見つめるその目は懐かしさを感じる。きっと、自然に合ってしまっていたと思っていた視線が、彼女の中の意識にあるものだったに違いない。だが、それも最初のうちだけで、意識していたのはこっちだったのかも知れない。彼女を見て視線が合うことに何の抵抗感も感じなかったからだ。
――まるで吸い込まれそうな視線だ――
そう感じたのは一度や二度ではない。
麻衣という女の子と話したことはあまりない。優等生というイメージが強く、クラス委員も務めていた。しかし、だからといって気取ったところがないこともあり、密かに男性に人気があるのも薄々分かっていたのだ。
そんな彼女から声を掛けられた私もまんざらではなかった。しかしさすがにその時のまわりの目の厳しさも今までにも増して感じていた。それは男性だけではなく、女性からもだったのだが、最初はその訳が分からなかった。
――どうやら彼女は女性からあまりいいイメージを持たれていないようだ――
と感じたのは少ししてからだ。
それはきっと、私が女性に興味がなかったからだろう。もし彼女に対し、特別な目で見ていたならば、彼女が男性から好かれているにも関わらず、澄ました顔を変えないところに不満があるのを気付くはずだからだ。
確かに優等生ぶったところのない彼女だが、男性から見てそれは「大人の女性」として見ているからだろう。しかし女性からは「お高く留まって」見えるのかも知れない。
彼女の「大人びた」雰囲気は、かくいう私に時折見せるあの視線から来るに違いない。異性に興味の薄い私でさえ、理由が分からないまでも、ドキドキするのである。身体の芯から沸き上がってくる熱いものは、もう少しで、それが何なのか分かる気がしていたのである。
さすが中学の頃の相談で一番多いのは「片思い」についての相談だった。
――片思いなんて、ナンセンス――
とまではいかないが、告白するのに何が恐いのか、不思議でたまらなかった。イジイジ悩まなくても、
――もしだめなら、次に違う人を好きになればいいじゃないか――
とまで思ったが、もちろんそんなことは口が裂けても言えるはずがない。
吸い込まれそうな彼女の目を見ていると、今まで好き勝手に助言していた私が初めて怯んでいることに気付く。一体何が彼女をそういう気持ちにさせるのか、瞳の奥を探ろうとする自分がいる。
しかしそれを探らせまいという意図が働いているのか、麻衣の心のうちを読むことは私には不可能だった。
「一体、この僕にどういう相談なの?」
普通であれば相手の目を見れば、その時の心情は大体想像がついた。相手の気持ちが分からなくて、ただもがいているだけなのか、自分の気持ちに自信がなくて、相手のことを考える余裕がないのか、それとも相手のことが分からない自分に自信がないのか、目を見れば何となく分かっていた。
したがってこんな質問をしたことなどなかったのだ。
彼女はなかなか切り出さない。何かを言おうとしているのは分かるのだが、こんな煮え切らない彼女を見るのも初めてだった。
「実は……」
上目遣いの目が妖艶さを誘っている。
作品名:短編集19(過去作品) 作家名:森本晃次