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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Hellhounds

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 蜂須なら、まずは挨拶から始める。そこまで考えた武内は、小さく首を横に振った。その足跡を踏むのはもうやめだ。あともう少しで、金が手に入るのだ。ここからは、おれの言葉でやる。
「カズ! この女を殺せ!」
 駒井は駆け出し、姫浦が間合いを取るよりも早く、その体にタックルを食わせて吹き飛ばした。姫浦は食器棚に叩きつけられ、ガラス戸が粉々に割れた。落ちてきた破片を右手で払った姫浦は、真後ろにある割れたガラスを肘で叩き折って破片を掴み、目の前に迫った駒井の顔に向けて二度滑らせた。頬と唇の上半分に線が走ったが、返す刃は喉仏を引っかいただけで頚動脈に至らなかった。半分握り締められた右手が平手打ちのように飛んできて、すんでのところで頭を下げた姫浦の真上を掠めた。姫浦はオーバーランしてバランスを崩した駒井の空いた脇腹を、膝で蹴り上げた。一番下の肋骨に命中して、それが篭った音を立てて折れ、後ろへ回ろうとした姫浦の目の前へブランコのように返ってきた駒井の右肘が飛び、受け止めようとした姫浦の腕にめり込んだ。今の肘に体重が乗っていれば、体ごと吹っ飛ばされていた。それを頭で理解しながら姫浦は間合いを取り、向き直った駒井を見上げた。駒井は血まみれの顔を歪めると、肩で息をしながら、空いた皿が一つだけ置かれたテーブルに寄りかかった。そのまま倒れこむと思った姫浦は、その手が逆手になり、テーブルを軽々と持ち上げたのを見て、間合いを一気に詰めると、がら空きになった左足首の骨に蹴りを入れて、くるぶしの真上で叩き折った。駒井はバランスを崩すことなく、力を振り絞って姫浦の頭の上へテーブルを力任せに落とした。テーブルがくの字に折れ曲がり、その鋭利な角で頭を切った姫浦は、下敷きになって床に倒れた。そのとき、堂島と目が合った。
 堂島は、両目から大粒の涙を流し、訴えかけるように首を横に振っていた。
 姫浦がその意味を理解するよりも前に頭上のテーブルが蹴飛ばされ、目の前に駒井の腕が飛び出してきて、姫浦はフローリングをぶち抜く勢いの拳をすんでのところで避けた。一度折った足首にもう一度蹴りを入れ、駒井がバランスを崩した隙に立ち上がると、少しずつ間合いを開けた。駒井は片足立ちのまま、テーブルの折れた足を引き抜いた。
 武内は、栗野が縛られたままの後ろ手にノートパソコンを持って二階に上がったのを、見逃さなかった。少し家にいただけで、栗野はこの家の人間と同じぐらいに詳しくなっている。開けっ放しになった二階のドア。そこに飛び込んだとき、死角から突き出された包丁に首を貫かれ、武内は即死した。栗野は、自分で縛っていたロープの切れ端と血まみれの包丁を武内の頭の上に落とすと、言った。
「いやー、残念賞残念賞」
 二階の窓を開け、ノートパソコンを持ったまま滑り降りようとしたが、手が滑ってノートパソコンが地面に落ち、粉々になった。栗野は舌打ちしたが、誰かが見ているかのように肩をすくめると、逃げ出す準備を進めた。
 駒井は、テーブルの足を持ったまま、少しずつ姫浦との間合いを詰めた。姫浦は、テーブルを叩きつけられて頭にできた傷から血が流れ出し、それが目に入ったことで視界がぼやけていることに気づいた。そして、手を使ってその血を拭えば、その瞬間に駒井は飛び掛ってくるということも、理解していた。一切の隙を見せられない。片目しか利かなくなる前に止めなければならない。姫浦はガラスが粉々になった食器棚の方に少しずつ下がりながら、後ろに回したままの手でガラスの破片を探った。細長いガラス片を手に持った姫浦は、これを使ったが最後、自分の右手も切り裂かれて永遠に利かなくなるだろうと覚悟した。そして何より、駒井に気を取られている隙に栗野を逃した。金が回収できなければ、この仕事は終わらない。ガラス片をナイフのように握った姫浦は、息を整えた。そして、駒井の後ろに現れた人影を見て、そのガラス片を思わず落とした。駒井に向かって駆け出し、予想外の動きに一瞬たじろいだ駒井を真横に突き飛ばすと、駒井を狙って素早く動いた銃口を力任せに払った。二二口径が壁に跳ね返り、床に落ちた。
 神崎は、自分の手から落ちた二二口径を見て、姫浦を見た。
「いいのか?」
「……、大丈夫です」
 姫浦は、駒井と神崎の間に立って、肩で息をしながら言った。駒井は、数秒前まで闘っていた相手が突然自分の命を救ったことに混乱し、後ずさろうとしたが、折れた足首に力が入らず仰向けに倒れた。姫浦は、神崎の隣をするりと抜けると、玄関から表に飛び出した。血まみれの頭を振り、視界をはっきりさせたとき、こちらに背を向けて栗野が尻もちをついているのが、目に入った。そのすぐ前には前園がいて、入墨の入った両腕を腕組みしたまま、栗野を見下ろしていた。前園は姫浦に気づき、笑顔を見せた。
「多めにもらったからね」
 前園は、インプレッサのナビに武内が入れた駒井家の場所を記憶していた。そして、解体屋に現れた神崎と黒島に、その場所を伝えた。仕事が完了した今となっては、そんな記憶はすぐに消し去っても良かったが、今になって、突然それが名残惜しくなっていた。最後に、キャリアの中で最高の仕事を見せた。これからの引退生活を過ごす肴としては、入墨を見た瞬間へたりこんだ栗野の姿は申し分なかった。最後の仕事が現役の終わりではなく、自由な引退生活の始まりだと初めて感じた。姫浦はタイラップで栗野の手を縛り、前園を見上げた。
「ありがとうございます」
 前園はうなずくと、寒そうに腕まくりをおろした。姫浦は、ランドクルーザーの後部座席を開けると、赤城を縛っているタイラップを切った。代わりに栗野を投げ込むように放り入れて、ドアを閉めた。
 神崎は二二口径の安全装置をかけて、セフィーロの助手席から出てきた黒島に言った。
「相棒も無事でよかったですね。思ったほどひどくない」
 黒島は赤城が巻いている大きな包帯を見て、露骨に顔をしかめた。
「あんたと姫浦さんじゃ、随分人の扱いが違うみたいだな」
 姫浦はランドクルーザーの運転席に座って、ハンドバッグを膝の上に置くと、化粧ポーチを取り出した。バックミラーを自分の方へ向けて、一瞬目を逸らせた後、頭から流れてくる血を払った。
 チークが右の頬に薄く残る切り傷を隠し、コンタクトレンズが少しだけ色の薄い瞳の色を暗く変え、白目に傷が入った左目を目立たなくさせる。大きなピアスは欠けた耳たぶを覆い、ゆるくカールした前髪はガラスの破片が刺さった痕の残る額の上に重なる。
 黒島が助手席に乗り込み、後ろを振り返った。
「これが、キャンセル料か」
 姫浦は化粧を終えて、その上から血が流れてくるのは構わずに言った。
「家に、現金があるそうです」
 栗野はその会話を聞いて、首を横に振った。ベッドのど真ん中で、アズサが死んでいる。
「おい……、家はダメだ。家はやめてくれ」
「なんでだよ、エロ本でも散らかしてんのか?」
 黒島は笑った。姫浦が運転席から降り、代わりに赤城が運転席に座った。黒島は茶化すように言った。
「家はやめてくれってよ。エロ本変態先生なのかもな」
「どんなやつだ?」
作品名:Hellhounds 作家名:オオサカタロウ