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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Hellhounds

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 言いながら思った。赤城が帰ってきて、この雨が少し弱まったら決行する。つまり、最後のワンカップは、誰も飲むことはない。予定より一日早いが、お別れだ。黒島はバックミラーに映る画伯に言った。
「なあ、もうちょっと小奇麗な服に着替えないか?」
「いいんですか? 正直な話、このコートも限界でした」
 画伯が笑いながら自分のコートを見下ろして、言った。黒島はセフィーロを橋の真下まで動かし、雨がかからないようにしてから言った。
「あんたは、いい奴だよ」
 銃声が聞こえない場所。赤城が帰ってくるよりも前に始末をつける。黒島のやり方は、赤城からすれば最も残酷だということだった。なら、今回は見る必要はない。黒島はトランクを開け、真新しいパーカーとジーンズを取り出した。後部座席を開けると、服を中に放り投げて、言った。
「どうだ? いい服だろ」
「ほんとにいいんですか?」
 黒島は返事の代わりにうなずくと、ドアを閉めた。画伯が中で着替えている間、考えた。このやり方にも、いずれ限界が来るだろうと。


「青だ……、青だ……」
 武内は意識が朦朧とした様子で、ずっと呟いていた。前園は目が回っただけで自身に怪我はないことに気づき、後ろを振り返った。蜂須の姿はなく、後部座席のドアがもげたように開きっぱなしになっていた。車外に放り出されたらしく、交差点の真ん中でゆっくりと立ち上がる姿が見えた。
 前園は助手席のドアを開けて外に出たが、蜂須に殴られた膝が利かずに、その場に倒れこんだ。雨が急速に強くなり、それでも前園はランドクルーザーにしがみつくように立ち上がると、運転手に掴みかかろうとした。そこで、自分に背を向けて立っているのが、スーツ姿の宮間だということに気づいた。
 蜂須は間合いを詰めながら、血まみれの頭を犬のように振って言った。
「なんだてめえは……」
「古野を探すよう、依頼した者です」
 宮間が静かに答えると、蜂須はようやく運命の人を見つけたように、目を輝かせた。
「あんたなあ……、随分と大迷惑だったぜ。あの日は、うちの可愛い部下をずっと待たしてたんだ」
「あの日は、古野は四人のチームで仕事をしていました。結局、大怪我をした一人だけが生き残りました。裏切り者は古野だったということですか」
「まあ、厳しい言い方をすりゃあ、そうなるな」
 蜂須は手を差し出した。
「姉ちゃん、行き止まりだ。金出せ」
 宮間はスーツのポケットから、小さな財布を取り出した。
「現金はあまりないんですが。カードなら」
 前園は首を横に振った。そして、言った。
「宮間さん!」
 宮間は振り返った。前園は、以前車の中で会ったときと雰囲気が随分違うということに気づいた。顔にすがりつくような大きな眼鏡も、マスクもなかった。宮間は、蜂須が間合いをさらに詰めたときに前に向き直り、カードを蜂須の首のあたりに滑らせた。前園には一瞬何が起きたのか分からず、蜂須は跳ねるように後ずさった。一瞬の間を置いて、雨と比べ物にならない勢いで首から血が流れ出した。宮間はカードの裏に貼り付けられた剃刀のブレードから血をぬぐうと、地面にうずくまってそのまま死んだ蜂須に向かって、言った。
「わたしが、その最後の生き残りです。姫浦と申します」


 黒島は運転席に戻り、煙草に火をつけた。バックミラー越しに、パーカー姿の画伯が映った。
「あんた、昨日言ってただろう。自分の能力に限界を感じて、ホームレスになったって」
 画伯は身を乗り出して、言った。
「ええ。まあなんと言うか……、自分のやり方が信じられなくなってしまったんです」
 煙草をもらえないということに気づいたのか、画伯は乗り出した身をまた引いた。黒島は煙草を抜いて、シート越しに手渡して火をつけた。画伯は丁寧に頭を下げて、煙を深々と吸い込んだ。
「まあ、赤城の話もそうだけど、考え方ってのは結局人それぞれだからな。正解ってのは、ないんだよ」
 画伯は小さくうなずいた。
「その通りです」
 真っ暗な夜の海は、もうすぐ青白く変わっていく。黒島は二週間に渡って眺めていた海岸線を、記憶に焼き付けた。
「だから、あんたも間違ってはいなかったんだ」
 黒島が言うと、画伯はまたうなずいた。
「そう言ってもらえると、ありがたい限りです」
 しばらく沈黙が流れた後、画伯は言った。
「ただ……」
 黒島がミラー越しに先を促すと、画伯は続けた。
「一歩間違えれば、命に関わる仕事でした。だからこそ、後輩には自分のやり方を学んで欲しかった」
「それで、糸が切れたのか」
「そうですね。自分のやり方を押し付けた結果、全く逆効果になってしまったんです。結局、あちこちで大怪我をしてね。まあ、中には役に立つのもありましたが。例えば……、顎と眉の線を変えると、人は同じ顔には見えない」
 画伯は、センターコンソールに付け髭の塊と眼鏡を置いた。黒島が振り向くよりも早く、二二口径の安全装置が解除されるときの、小さな金属音が鳴った。
「秘訣はね。まず相手と友達になるんですよ」
 全てを悟った黒島は、言葉が出てこないまま、その顔を見届けようとした。
「お前……」
「前職では、神崎と呼ばれてました」
 神崎は、グローブボックスの中に入っている四五口径を見透かすように、続けた。
「フリーランスはガラクタばかり使うって聞いてましたが、最近はそうでもないんですね」
 黒島は両手を挙げて、言った。
「撃てよ」
「赤城さんは、どこに戻ったんです?」
 神崎は冷静な口調のまま、呟いた。黒島が振り向こうとすると、千枚通しのような鋭い視線を向けた。前を向いたまま、黒島は言った。
「解体屋だよ。お前が同僚を殺してトランクに詰めた車が、そこに置いてある」
 神崎は確認するように、呟いた。
「で、そこに全員が集まっている」
 黒島はしばらく脂汗をかいたままじっと座っていたが、ようやくうなずいた。


 朝の六時になり、駒井は堂島を起こさないように靴を履いたところで、後ろから肩を叩かれた。
「早くない? どこに行くの?」
「これ以上、家を空けられない」
 眠そうな目をこする堂島に、駒井は言った。携帯電話の電源が入らない状態も、限界だった。三十分以内に家にたどり着ける道をずっと走っていたから、さほど離れていなかった。だからこそ、余計に家に帰って様子を確認したかった。
「連れてってよ」
 堂島は半分眠っているような表情で、呟いた。駒井は首を横に振った。
「家はダメだ」
「なんで?」
 駒井は一睡もできていなかった。その間考えていたのは、家に監禁されている栗野や、蜂須の手伝いをしている武内のことでもなかった。アズサのことすら、忘れていた。堂島をどうやって解放するのか、ただそれだけを考えていた。駒井は薄暗い玄関に座って、靴紐を結びながら言った。
「犯罪者だからだよ」
「誰が?」
「おれだ。いや、全員がそうなんだ。あんたが想像するより、悪いんだよ」
 駒井は立ち上がった。堂島は首を横に振った。
「どうでもいいし」
「よくない」
 駒井はそう言ってドアを開けようとしたが、堂島はドアノブを左手で押さえた。
「こんな田舎で、一人にしないで。お願いします」
「ちょっと様子見たら帰ってくるよ」
作品名:Hellhounds 作家名:オオサカタロウ