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文目ゆうき
文目ゆうき
novelistID. 59247
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睡蓮の書 五、生命の章

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上・新月・2、目の前の道を



 生命神ドサム・ハピは、重い扉が二重にさえぎる「場」に立っていた。
 そこには冥府の門から這い出た樹の根が天井に広がり、そのまま文字通り根付いている。そのために冥府の門は開かれたまま、完全に閉じられることがない。
 これによって、「再生」の奇跡が実現しうるのである。
 冥府に最も近い「場」。ここは元より、死者を送る場であった。
 北では、死者を弔う役を負う月属の神々が生じることはなく、葬送は代々生命神が担っている。生命を養い育むその本質のもと、彼はその終わりをも定める――「生命神」の名の通りに。
 しかしドサムにとって葬送は最終手段である。己の敗北と言ってもいい。
 事実、彼がそうした敗北感を覚えることはさほど多くはなかった。頭部さえあればよいのだ。あとはここに開かれた異界の力が元の様子を知らせ、その通りに形作ればよい。そうした形を作りあげる事こそが、生命神の力なのである。
 形だけではない。これに月の力が加われば、人格すら以前の通りに戻せるはずである。時をよみがえらせる事、それが月の力であるのだから。
(以前の、通りに……)
 ドサムはふと、彼の睡蓮の精霊を思った。
 今は透明な石の中に花弁を広げたまま動かない、白い睡蓮。彼にはその色が見えない。それが生じたときから、一度絶え、再び生まれたそのあとも、ずっと。
 再び生じたそのとき、白い花弁の先が薄紅に染まったことも、彼は知らぬ。ただ始めに生じたものと、精霊のようすが違うという形で、その変化を知っていた。
 同じではないと。……いや、はじめに生じたものを、彼はよく知らなかった。
 あとに生じたものはあのとおり、石に閉じねばならないほど問題があった。しかし――その問題があったためにこそか――ドサムはそれを愛したのだ。ひとつの存在として。
(同じでは、無かった)
 同じ器でありながら、違うものとなってしまった。
 それは、精霊だからだろうか……?
 同じでないものが「生きる」とは、どういうことなのか。
 たとえば彼が再び生かした「再生者」と呼ばれるものたちは、自由に彼らの生をいきた時、いったい「何」になるのか……?
 戦が終局を迎えようとする今、なぜか、これまで思いもしなかった疑問が浮かぶ。
 何を、と彼は一度首を振った。元の通りに戻す、そのために「月」を必要としているのだ。
 しかし月の力が無ければどうなるか。やはり――彼の精霊、ホテアがそうであった通り――同じ器であっても、まるで別のものになってしまうのだろう、しかしそれでは、再び生きたとは言えないのだろうか……?
 これまでずっと、器がよみがえればよい、その姿が再び戻され自由に生きればそれでよいのだと、思ってきた。生命を分け隔てなく尊ぶ立場からすれば、それは当然の帰結である。
 しかし、とドサムはまた思った。
(ホテアの、以前と、今の様子が、どちらでも同じであると思うのか――?)
 そして、元の様子に戻せるとなったとき、それを選択「すべき」であろうか。
(元の様子こそが本来のホテア自身であるとすれば、今あるこれは、いったい何か……)
 小さな混乱が彼を襲った。自身、などというもの、形のないそれ。
 同じ姿をして現れたあの小さな精霊は、感覚的にはまるで同じではない。
 しかし、それらは、本当に「違う」のか。
 違うのであれば、それはいったい、何に由来するのか……――――

 ふいに、彼の眉がぴくりとよせられた。
「……来たか」
 そうして彼“ひとり”の思考は意識の奥へと閉じられる。
 その迷いは、まだ先のこと。
 今は、目の前の道を往かねばならない。ふたつの意思で迷いなく見据える、この道を。
 瞼が押し上げられ、色ガラスのように深い青をしたその双眸が、開かれる。
 手にした聖杖で鋭く地を一突きすると、地下空間のすべてが低く鳴動した。
 最後の戦の、始まりであると。神々すべてに知らせるように、それは地上部にまで広く響き渡る。
「迎えてやろう。ホルアクティ――わが、弟」


   *


 新月。月明かりのない、澄んだ暗紺の空。
 星々が輝くその下、ラアが神々を引き連れ北の守備範囲の境界に現れる。
 と、着いたその足を振り払わんとするように、大地が揺らぎだした。
 不気味に響く低い地鳴り。茶に濁る河の水面は激しく波立ち、まるで上流の急湍のごとく渦を巻くと、その幅をさらにさらにと広げはじめる。
 ラアは足元を濡らす泥水を気にとめる様子もなく、境を侵し守備範囲内に踏み入った。シエンが地の揺れを収めようと屈みかけたが、ラアはその必要はないというように、手にした杖をさっと振りかざし、あっという間に彼らを門扉の前へと連れる。
 目の前に現れたのは、黒々と彼らを見下ろす巨大な門扉。その左右には、頂の見えぬほど高くそびえる白の城壁が、闇の中に薄ぼうやりと浮かんで見える。
 ヤナセはふと振り返り、水上に遠く立ち並ぶ千の柱を眺め見た。……静かすぎる。北神の気配もまるで感じられない。
(この門の内へ、入れという事なのか。そこで待つと……)
 彼の警戒をよそに、ラアはまるでなんでもないことのように、門扉にぴたりと手を触れた。
 どう、と腹に響く低音と共に、ラアの広げた指の間から朱色の炎が放たれる。それは一瞬にして巨大な扉を呑みこんだ。
 カナスがその熱を遮るように覆っていた腕をとき、見ると、炎はいつまでもそこになく、ただ木製の厚い扉は真っ黒な炭と化していた。門に施された封ごと、燃やし去ってしまったのだ。
 封がなければ扉などとうに消し飛んでいたに違いない。強引だが、彼は封を解く時間さえもどかしく感じたのだろう。またそれを成すだけのこの力である。カナスは思わず感嘆の息を漏らした。
 ラアが杖で一突きしてやると、炭化した扉は粉々に崩れ落ちた。僅かに火のくすぶるそれらを踏み越えると、先には闇が広がっている。
 侵入者を迎える第一の関門。そこは明り取りのない長い柱廊である。
「キレス、光を頼む」
 シエンに言われ、しぶしぶ淡い光が灯されると、さっと何かの影がかすめ、それは再び闇に消え去った。しゅるしゅるガサガサと地を這う音、飛び交う羽音。滴る唾液、荒い息づかい、低い唸り声……。潜む気配に、カナスが黄金の槍を構え、ヤナセが風をまとう。シエンは姿勢を低くし備える。
 ラアがすっと足を踏み出した。まっすぐに……彼の目的、そのもとへと向かうべく、その足は止められてはならないのだというように、闇の中を、往く。
 蛇の尾が、牡羊の長い両角が、ワニの牙、牛の蹄――闇をひしめく複合獣の巨体の一部が次々と、キレスの灯す光のうちにあらわれる。と、カナスが闇を駆け、襲い来る獣の腕を、尾をうち払った。赤い衣がひるがえり、槍の黄金は優雅にその軌跡を描く。
 その狭間を縫うように、翼のあるものたちが飛びまわる。縦横無尽に行き交うもの、ざわざわと群れて視界を覆うもの――どこからともなく湧きだしたそれらは、ヤナセの一瞥で生じた風に次々と切り裂かれてゆく。地を這うものたちは、シエンの力で再び地中深くへと戻されていた。