睡蓮の書 五、生命の章
すると空だった玉座に、太陽神ラア・ホルアクティの姿が映し出された。
少年の姿をした、神々の王。
溢れんばかりの黄金のうちにたたずみ、彼はにっこりと笑って言った。
「よく来たね! 睡蓮の御子」
ネフェルテムとそっくりに、大きな黒の瞳を猫のように細めて。
「きみに会えて嬉しいよ」
あの戦から、十年が過ぎた。
カムアの生み出すラアの“姿”は、十年前のあの頃のままだ。
しかしカムアの背はずいぶんと伸びた。体つきも以前よりはしっかりとした青年らしいものになり、その青灰色の瞳は涼やかに若い世代を見守る。
彼はラアと同じ道を進もうとはしないだろう。戦のあと、ラアがこの世界に残した爪痕は深く悲惨なものだった。たくさんの死が広がるのを、彼自身も見てきた。目に見えない傷に苦しみあえぎながら、再生の道をたどる人々の姿をも。
彼が望み、心酔した太陽神の力――他を顧みず、自我の底をのぞきこみ、ただ己だけを貫こうとした烈しいその意思――が、これらを引き起こしたのである。
それを望み、求めたことを、彼は後悔しただろうか?
若き日の過ちと考え、捨て去っただろうか?
カムアは、彼の力で姿を与えたラアの魂が、ネフェルテムに語りかけるのを、そばでだまって見つめていた。まぶしそうに目を細めて、そのひとが再び目の前にある喜びを噛みしめるように。
後悔など、ないのだ。彼は今もそれを心のうちに保っている。
彼が望み求めたもの。それをただひとつの芯として、
これからを、共に、生きるのだ。
――ラア。
あなたは僕の中に永久に輝き続ける、僕の太陽。
その瞬間だけ、ほんとうに「生きた」あなたの輝き。
己のためにだけ生き、そうして死んだその命は、
命を燃やし尽くす、一瞬きりの美。
それは僕のうちがわを焦がしつけ、永遠の時を統べる。
誰よりも強く、もっと強く――と。
睡蓮の書 終
作品名:睡蓮の書 五、生命の章 作家名:文目ゆうき