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文目ゆうき
文目ゆうき
novelistID. 59247
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睡蓮の書 五、生命の章

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 しかしそうして覆った視界の内側にさえ、キレスは力を滑り込ませてきた。次にはずっと大きくなった――主ドサムの力によって「再生」した――妹がそこに立った。いつもするような、笑顔で。ただ微笑んでばかりで、声もなく。
「……やめるんだ……」
 低く絞りだされたその声を、しかし意に介さぬようすで、少女は微笑み続ける。
 それはかつての様子そのままであった。デヌタはそれに満足していたはずだった、……けれど今は違った。生前の様子を突きつけられた後では、その違和感が際立ったのか。――それとも、今見せられたような最期を、この姿においては、如実に思い知らされるためか。
「――やめろ!!」
 デヌタは叫んだ。淡青色の瞳がきんと凍りつき、彼の力の及ぶ限りに氷雪のつぶてが降り注ぐ。ごうごうと音を立て、それは妹の姿もろとも幻を見せる空間すべてをを引き裂き、消し去った。
 青いタイルに亀裂が走り、柱が砕ける。微かに灯されていた火も消え、魔法陣の青い光だけが、次々と積堆した白い氷粒を照らし出した。
 びりびりと肌にも響く振動が止むと、キレスが力を解き、結界はぱちんと音を立てて消え去る。その膜を覆っていた氷粒が、空中にぱっと細かな光をひらめかせた。
「っははは……!」
 キレスは声をたてて笑った。
「見たいって言ったのはあんただろ。それに、本当のことだ」
 デヌタはひどく消耗したようすで肩を揺らし、苦々しげに顔を歪める。
「こんなものは記憶ではない……。こんな、残忍な奪われ方は、していないはずだ……」
「俺が再現してるんだ、いくらでも変えられるさ。それに、多少違っても同じだろ。――死んだんだ」
 死という言葉が、デヌタの胸を深くえぐった。
「よくもそんなことが言えるものだな……」その痛みに耐えるようにか、デヌタの声は呻くように吐き出される。「お前の身に同じことが起きたとき、同じことが言えるのか……!?」
「さあね。やってみたら? できるもんなら」
 キレスはせせら笑うように言うと、久々に用いた自身の力に酔うかのように、ふわりと宙に身を泳がせ、漂う氷粒と戯れた。
「なあ――あんたの記憶の中の『妹』、笑ってるばっかりじゃん」
 天井近くから、顔向けることもしないで、彼は言った。
「そんなわけあるかよ。……そうやって、あんたの記憶の中にあるものを戻せたとして、それが“元の通り”になんてなると思う……?」
 その声は嘲るように響く。
「無理なんだよ、過去を戻すなんて。記憶は変わる。初めから自分の都合のいいところばかりを切り取って、そうして思いを繰り返すうちに、より都合よく捻じ曲げられるんだ」
 わずかに覘いた紫の眼は冷ややかで、どこか虚ろだった。
「作りものなんだよ。――人の記憶なんて、あてにならない」
 そうしてキレスは吐き捨てるように言った。
「夢は夢として見てればいい。そのほうが幸せなんだよ」