小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
まつやちかこ
まつやちかこ
novelistID. 11072
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

gift of us

INDEX|2ページ/5ページ|

次のページ前のページ
 

 母親には決して、悪気も悪意もないのだろう。おしゃべりが過ぎて余計なことまで言う時はあるけれど、意地悪な人ではないから。純粋に孫がほしい気持ちで、彼女に毎回聞いている。
 彼女が普段通り、ごく普通の様子であるなら何の問題もないが、今の彼女は普通とは言い難い。ほんの一言でも落ち込み、どうかすると責められたようにも感じてしまうかもしれない。
 近々電話して、こういう状態だから少し留意してもらうよう言っておくべきだな、と思った。
 「ーーとにかく、病院行くならひとこと言ってからにしろよ。検査なんか全然平気だからさ」
 努めて明るく言うと、彼女はまだ辛そうではあったが、一生懸命、笑顔を作ろうとした。結果的には口の端だけだったが、なんとか笑ってくれた。
 「うん、そうする。ありがとう」

 「名木沢(なぎさわ)、これ。月末の案内な」
 午前の仕事が一段落した頃、同じ課の同僚、ついでに同期入庁である西森に声をかけられた。
 渡されたのは二つ折りのリーフレット。「○○課GWレクリエーションの案内」と大見出しがあり、1ページ目は日程や場所の詳細、2ページ目は現地の地図、3ページ目は参加申込書となっている。
 課にもよるとは思うが、自分が所属する課は季節ごとのレクリエーションが盛んだった。それも、家族参加OKの集まりが。
 年度始めの忙しさが落ち着く頃、4月末や5月の連休に企画されるのは、天気が崩れない限りお花見代わりのバーベキューになる年が多い。今年もそうなるようである。
 「書いてあるけど、来週中に申込書出してくれな。食材の手配とかあるから」
 「わかった。忘れないようにする」
 「奥さんは来られそうか?」
 流し読みした日程の部分を、あらためて見る。県庁も彼女の会社も、お盆と年末年始以外の休日はカレンダー通りで、ゴールデンウィークであっても同じである。だが予定の日にちは日曜日だから、まず問題ないだろう。
 「大丈夫だと思う」
 「そうか。じゃあ、またよろしく頼みますって伝えといてくれ」
 場を離れながらそう言う西森に、手を挙げて応じる。
 彼女をレクリエーションに初めて連れていったのは、当然ながら結婚後、一昨年の春だった。その時もバーベキュー行事で、天気が良かったし暑すぎないちょうどいい気温の日だったこともあり、参加者が多かった。
 その時点で結婚式も披露宴もまだだったから、職場の面々と彼女は、その時が初の顔合わせだった。
 集まって、彼女を紹介した時の光景は、今でもよく覚えている。例外はいたものの、大半の連中は、かなりあからさまに拍子抜けした顔をしていた。彼女がどういうふうに想像されていたのか、わかっていたつもりだったが、さすがに少々ムッとした。心の中でだけであるが。
 名木沢の妻だからさぞかし美人なんだろう。多くの人間からそう思われていたに違いなかった。実際にそう尋ねられたこともある。その際、自分の回答は『ええ、まあ』で統一していた。
 客観的に見て、彼女が誰もが認めるような美人というタイプでないのは確かだが、つくり自体は整っていて、可愛らしい顔立ちをしている。自分にとっては充分に、綺麗な奥さんだと言えた。
 だが基本の性格がおとなしくて何事も控えめなので、学生時代から地味に見えがちだった。一昨年のその日も、ほとんどの目には「すっごい地味な人」と映ったに違いない。
 周りのそういう視線に彼女も気づいていただろうが、自分のパートナーとして年季の入っていた彼女は、不躾な視線に動じることはなかった。にっこりと笑って「初めまして、よろしくお願いします」と丁寧なお辞儀をし、積極的に手伝いを買って出て、誰とでも愛想良く会話をした。その結果、レクリエーションが終わる頃には、一転して「よくできた奥さん」との評価を得ていた。美人じゃないけど、と一部で今も言われているらしいのは、納得のいかないところではあるが。
 それはそれとして、彼女を自分の妻として認めて評価してもらえるのは嬉しいことである。彼女の美点を、自分以外にもそうだと思ってもらえることは何よりだし、どんな時でも自分を立てて振る舞ってくれている彼女の姿勢は、とても有難かった。

 その日の昼休み。庁舎の食堂で、今度は後輩の谷川に話しかけられた。普段、昼食は彼女が作る弁当の日が多いが、週に1度は休みにして、お互い外で食べることにしていた。今日はその日だった。
 「あ、名木沢さん。この間はありがとうございました。うちのやつも、よくお礼を言っておいてくれって」
 「ああ、いいよそんなこと」
 少し前の日曜日、彼女と二人で、谷川の自宅を訪ねた。2月に子供が生まれた彼に、1ヶ月過ぎましたしよければ奥さんと来てください、と先月誘われたのだ。
 昨年の異動で違う課になったが、自分が入庁直後の谷川の教育係となって以降の2年間は、同じ課内でわりと親しくしていた。
 彼の誘いを、最初は辞退しようと考えた。言うまでもなく彼女がどう思うか気になったからである。だが、新人の頃に仕事を教えてもらった恩を必要以上に感じているらしい谷川に「ぜひ」と何度も請われて、その場で即答はできずに、帰ってから嫁と相談するからと言って、その通りにした。
 話をすると彼女は、最初はやはり、表情をちょっと硬くした。しかししばらく考えた後で「行ってもいいよ」と答えた。ほんとにいいの、と聞き返したが答えは同じで、だから翌日、谷川にそういうふうに返事した。
 訪ねていったマンションの部屋で、彼女は終始、笑顔を崩さなかった。谷川の奥さんと仲良く会話をし、赤ん坊を何度か抱っこしていた。抱っこが上手ですねと言われて、年の離れた妹がいて世話していたので、と返していた。
 その日の訪問は穏やかに、全員が笑顔の中で終了した。ーーしかし帰宅した後、ぽつりと彼女が「やっぱり赤ちゃんって可愛いね」と言った声音が、ひどく寂しそうに聞こえてしまった。笑いながら言っていたにもかかわらず。
 「内祝い、近いうちに送りますから。苦手な食べ物とかあります?」
 「いや、特にないけど」
 「わかりました。うちのに伝えておきます。名木沢さんの奥さん可愛い人だね、って言ってましたよ」
 それについての否やはまったく無いので、素直に「ありがとう」と返す。
 「……えーと、それで。お子さんは……?」
 非常に遠慮がちに、けれどはっきり尋ねられて、どうしても言葉に詰まる。心配してくれているからこその発言だとわかってはいても、彼女のことを考えると、複雑な気持ちにならざるを得ない。
 「うん、残念だけどまだ」
 そうですか、と受けた谷川の声も、少々複雑そうだった。谷川は自分より2年下だが、奥さんは年が離れていて、今年32歳だそうだ。高校時代にバイト先で知り合ったらしい。結婚した時点では30歳で、子供ができるまでに1年近くかかった。だから、子供がなかなかできなくて悩む気持ちはわかると、彼女に話していたのを耳にしている。
 「うちのやつが、体を温めるものを飲んだり食べたりするのが効くって言ってましたよ。ココアとか、生姜とか」
 あくまでも遠慮がちだが、それでも親切心から伝えた方がいいと思っているのがわかる口調だった。
作品名:gift of us 作家名:まつやちかこ