ハルコ ~1/2の恋~
衣装はビキニがルール、その中では大人しいデザインのものを選んだが、それでもスリムなボディラインの美しさは如何なく発揮され、きちんと習ったダンステクニック、女らしい仕草とも相まって評判を呼んだ。
ショーに出るようになって数ヵ月後、ハルコは客の中に懐かしい顔を見つけた。
ケイタだ。
ハルコにはすぐにそれがケイタだとわかったが、ケイタは気付かない様子だった、もっとも、女になっているなどとは知らないのだから当然だが。
ケイタを連れて来たのは地元の中堅建設会社の社長、ケイタだけでなく何人も引き連れてやって来たところを見ると、大きな仕事が始まるのに先駆けて下請け会社を集めて懇親を深めようということだったのだろう。
指名を取り難いハルコだが、社長は常連なのでボックスに呼ばれた。
「どこかで会ったことあったっけ?」
ケイタは、ハルコにご執心な様子の社長に気兼ねしてか、控え目に振舞っていたが、ハルコがボックスを辞する時、小声で聞いて来た。
それまでもチラチラとハルコを見ては記憶の糸を手繰ろうとしている様子が見えていて、ハルコはなんとなく嬉しかった。
少なくともハルヒコであった頃の自分は覚えていてくれていると言うことだし、ハルコとなった自分を男とは見抜けていない証拠でもあるから。
ケイタに話しかけられた時、一瞬、『ハルヒコよ』と耳打ちしてやりたい衝動に駆られたが、店での立場を考えて抑えた、その代わり謎めいた微笑を投げかけてやったが……。
そしてショータイム。
着替えももどかしく、ハルコはステージに躍り出た。
やはり気になるのはケイタの視線。
さっきの謎めいた微笑が効いたのか、ボックスでの記憶を探るような表情とは変わっていて、ちょっとポーっとしているようにも見える。
ハルコにはそれが嬉しかった。
幼い頃、ケイタはガキ大将だった、泣かされたことも沢山あったが、守ってもらったことも何度もある、その度に男らしいケイタに胸はときめいた、その頃から女の心は芽生え始めていたのだ。
そのケイタが自分に見惚れている。
(見て見て、ケイタさん、あたしを見て、綺麗になったかしら? 女らしく見える? ハルヒコだってわかる? ハルヒコはハルコになったの、女になったあたしをもっとよく見て……)
そんな思いが溢れてきて、ハルコはいつになく情熱的に、激しく踊った。
ハルコのダンスは見慣れているはずの常連さんも『ほう』と見惚れるほどに。
だが……。
ダンスショーが最高潮に達した頃、前の方のボックスの客がざわめき始めた。
最前列で踊るハルコは当然それには気付いていたが、その原因が自分にあるとはまだ気付いていなかった。
「なんだい? あれ」
「ちっこいけどさ……アレだよな」
「どういうことだ?」
「オカマ?」
オカマと言う言葉、ハルコのようなニューハーフはその言葉につい反応してしまう。
(えっ?……どういうこと?)
だがその時に至ってもまだ汗でテープが剥がれてしまっていたことには気付いていなかった。
ミュージックは佳境に入り、ダンスの振りつけは更に激しさを増して行く。
そして更に拡がっていくどよめき、そして、ハルコの耳に飛び込んで来た言葉……『チンチン』
(まさか……)
その可能性に気付いた時、顔から音を立てるように血の気が引いていった。
そして、踊りながらもおそるおそる視線を落とすと……。
「きゃぁっ!」
ハルコは思わずしゃがみこんだ、そしてしゃがみこんでしまった事でソレを水着の中にしまうこともできなくなってしまい、動けなくなった。
一緒に踊っていたホステス達は何が起こったのかわからずハルコを取り囲み、ボーイ達も走り寄ろうとする。
……と、その時、ボーイ達よりも早くハルコに駆け寄ってコートを着せ掛けた男がいた。
ケイタだ。
「大丈夫だ、ハルヒコ、ここを出るぞ」
ケイタはそう耳元で囁くとハルコの肩を抱くようにして店から連れ出した。
(@^ ё ^@) (@^ ё ^@) (@^ ё ^@) (@^ ё ^@)
「もう大丈夫だ、いつまでも泣いてんじゃねぇよ」
口調はぞんざいだが、ケイタのごつい顔は笑っている、そしてハルコにとっては子供の頃に聴き慣れていた台詞、ショックで泣きじゃくっていたが、ようやく落ち着きを取り戻し始めた。
ケイタはハルコの肩を抱いて店を出るとすぐにタクシーを停めてハルコを押し込んだ、ハルコはビキニの上にコートを羽織っただけ、暖かい場所が必要だが、近くではすぐに見つかってしまう、落ち着く時間が必要だと判断して少し離れた場所の喫茶店に連れて行ったのだ。
「いつわかったの?」
「お前がハルヒコだってことか? まあ、見覚えのあるチンチンだったからな」
「うそ」
「ははは、いや、最初からどこかで見た顔だって思ったんだよ、って言うか良く知ってるはずの顔なんだなこれが、だけどこんな美人に知り合いはねぇし、不思議な気分だったよ」
「そう言ってたものね」
「そうだったな、でもステージの真ん中で踊っている美人が幼馴染の男だなんて思わねぇからな、周りが騒ぎ始めた時にやっとピンと来たんだ」
「そう……あの……ありがとうね」
「ん?」
「すぐにコートを着せ掛けて連れ出してくれたこと……」
「ハルヒコが泣いてる時にはいつだって行ってやったろ?」
「うん……そうだったね、小さい頃と変わらないね」
「ああ……ハルヒコは女になっちゃったけどな」
ケイタがそう言って笑うと、ようやくハルコの顔にも笑顔が戻った。
「さて、これからどうする?」
「あたし、店に戻る」
「大丈夫か?」
「もう大丈夫、落ち着いたわ……私服もお財布もアパートのカギも全部置いてきちゃってるし」
「まあ、ビキニしか着てなかったもんな」
「ちゃんと謝って、きちんとした形で辞めるわ」
「そうだな、それが良いよ……それからどうするんだ?」
「東京に行く」
「そりゃまた急な展開だな」
「ううん、どっちみちもうすぐそうするつもりだったの、やっぱりちゃんとした整形外科医にかかるには東京に行かないと」
「つまり、チョン切っちゃうってわけか」
「うん……カンペキに女になるの」
「金は? あるのか?」
「うん、手術費とかはちゃんと貯まってる」
「そうか……ハルヒコはいなくなるんだな」
「いなくなるんじゃなくて、ハルヒコがハルコに変わるだけよ」
「そうだな……向こうで落ち着いたら連絡くれよな」
「もちろん……ケイタさんも連絡してね」
「もちろんだ……これから店に戻るのか?」
「うん」
「じゃ、俺も付き合おう……有無を言わせずに連れ出しちゃったしな」
ケイタはハルコに付き添って店に戻って無断で連れ出した事を謝り、ハルコの弁明に口添えもしてやった。
店側も騒ぎから少し時間が経っていたこともあり、冷静を取り戻していた。
性別を偽っていた事は明らかなルール違反だったが、ハルコのおかげで店が潤っていたことも事実、さすがに男とわかった以上もう雇っておく事は出来ないが、ハルコが辞めるのは残念だと餞別まで包んでくれた。
「今日はいろいろとありがとう……」
アパートの前で別れる時、ハルコは名残惜しそうに言った。
作品名:ハルコ ~1/2の恋~ 作家名:ST