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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅹ

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(第八章)アイスブレーカーの想い(5)-暮れゆく日②



「無断侵入とは感心しないな。探し物でもしていたのか」
 返答するより早く、人影は大股で歩み寄って来る。美紗は身じろぎもせず、その姿をただ見つめた。窓際に射し込む月明かりの下、濃紺の制服が、そして、突き刺すような光を帯びた切れ長の目が、露わになった。

 あの時と、同じ目……

 嘘をつき慣れた男の、偽りの視線。美紗がそれを初めて見たのは、一年前の初秋だった。人気のない階段の踊り場で美紗を追い詰めた男は、普段の優しげな顔からはひどくかけ離れた、恐ろしく冷たい目をしていた。
 その男に連れられて行った先は、薄暗いバーだった。店の一番奥のテーブル席に美紗を座らせた彼は、狡猾そうに笑い、誠実そうに詫びの言葉を口にした。一度で終わるはずだった二人の夜。しかし、図らずもそれは続いた。そして、彼は徐々に「本当の姿」を美紗の前に晒していった。

 抱えきれない不安に苛まれる心に寄り添う、安らぎの言葉。
 帰るところのない悲しみを受け止める、ぬくもりに満ちた眼差し。
 前髪をかき上げる仕草をする時の、照れくさそうな笑み。
 叶わずに終わった夢を語る時の、切ないほど穏やかな横顔。

 青いイルミネーションの海の中で、抑えきれない想いを受け止めた、逞しい腕――。


「どうして……」
 無秩序に入り乱れる記憶を振り払うように、美紗は目の前に立つ上官の顔を見上げた。こぼれ落ちる涙が、窓辺を照らす儚い月明かりの中で、瞬くように光った。
「どうして、あの日の夜、お店にいらしてたんですか」
「美紗……」
 威圧感を装っていた視線をゆっくりと当惑のそれに変えた日垣は、呟くように下の名前を口にした。耳に心地よい声が、息もできないほどに美紗の胸を締め付けた。
「クリスマスの日は、……ご家族のもとに帰ってあげたいと、思っていたんじゃないんですか。お家でずっと待っている人のことを、想っていたんじゃないんですか。私のことなんか、思い出さないはずじゃなかったんですか」
 美紗は、込み上げる何かに耐え切れず、嗚咽交じりの声を上げた。
「私は、日垣さんの家族には、なれないから……」