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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅹ

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「少なくとも事前の覚悟はできる」
「じゃ、オレ、大須賀さんの得意料理を先に聞いとこうかなあ」
「そういう発想にいくか……」
「もし『得意料理はチョコケーキ』だったら、どうします?」
「うはあ、その可能性は否定できないな。あのボディだし……」
 頭を抱える小坂と、その彼をさらにからかう面々を見ながら、美紗はふと、自分には得意料理と呼べるものが何もないことに気付いた。母親は教育には熱心だったが、家事一般のことを積極的に娘に教えようとはしなかった。二人で台所に並ぶことさえなかった。今思えば、家の中で生きる人生を強いられた母親にとっては、創作的な活動であるはずの料理も、決して世間に認められることのない屈辱的な労苦でしかなかったのかもしれない。
 美紗がそんなことをぼんやりと考えていると、第1部の入り口を開錠する電子音が聞こえた。内開きの扉が開くと、日垣が顔を覗かせ、途端に不快そうに眉をひそめた。
「あ、すいません。先に始めてしまいました」
「それは全然構わないんだが……、すごい匂いだな。何を食べてるんだ」
「片桐のカノジョの手料理です。来年、嫁さんになるそうで」
「……」
 普段は冷静沈着な1等空佐がリアクションに困る様子に、場にいる面々は遠慮なく爆笑した。

 日垣は、直轄チームを皮切りに各課を回って職員たちと一通り歓談すると、総務課長と共に、一階下にある地域担当部のフロアへと行ってしまった。情報局内の各部長たちと年末の挨拶を交わした後は、内部部局や航空幕僚監部を回るのだろう。
 第1部の長が納会の場を離れると、それが一応のお開きの合図となった。一時間もしないうちに無人となる課がある一方、酒好きな者が長を務める部署では夕方近くまで職員が集う。直轄チームのメンバーは、しばらくの間、騒がしく世間話をした後、それぞれが所掌する地域担当部に顔を出しつつ、適宜解散することになった。
 美紗が担当先の第5部に行くと、いつもの倍近い人数がひしめき合っていた。普段は秘区分のより高い建物の中で働く画像課と電波課の関係者たちが、納会のために出向いて来ていた。すでにかなりアルコールの入った面々が盛り上がる中、顔見知りの職員が美紗の姿に気付き、すぐに談笑の輪の中に招き入れてくれた。