春に咲かない桜
刑事部課長「見つけて欲しかったからだろ」
軽米「はぁ?」
○仙台駅 構内 (夜11頃)
構内の時計が二十三時を少し過ぎている。
薄いコードを羽織った軽米が急ぎ足を止め、耳に嵌めているヘッドセットのボタンを押した。
軽米「課長、お疲れ様です。何かわかりましたか」
刑事部課長の声「容疑者古市咲良は妊娠四ヶ月二週目だそうだ。どうやらな殺された被害者男性とは男女関係のもつれ、の線だな。お前は仙台駅に着いたのか」
軽米「今着いたところ、駅構内です」
刑事部課長「明日は忙しいから早く寝ろ」
○八戸市 前景 夜十二時頃
○八戸市 シティホテル 前景・夜
粉雪が流れるように降っている。吹く風の音がする
○シティホテル 部屋
ホテルのウィンドウにナイトガウン姿の自分をみている咲良。
少しふっくらしているお腹を撫でている。
飲み干したワイングラスをガラステーブルに置き、傍らに置いてあるスマホを手に取る。スクロールして画像を出す。咲良と健史のツーショット自撮画像。
全て消去ボタンを押す。
○咲良の実家 全景 (夜)
周囲には民家もない一軒家。
窓には明かりが無く電気が消えている。
パトカーが着き、玄関をを叩く。
八戸警察署警官「古市さん、古市さん。八戸警察署です」
部屋の明かりが点き、引き戸の玄関が開く。
八戸警察署警官「夜分すみません、お休みのところ」
古市咲良の母が怪訝そうに見ている。
○シティホテル 部屋
咲良、電話を掛ける
咲良「母さん、あたし。咲良。今、八戸にきているの」
○咲良の実家
時子「あんた、一体何をしたの、さっき警察の人が来たよ」
○シティホテル 部屋
電話口の咲良。咲良の唇。
咲良「なんて」
○咲良の実家
時子「あんたの写真がないかって」
咲良の声「…」
時子「無いって応えたら、済みません。では中に入らせていただきますってあんたの部に勝手に入って写真を持っていったよ。あんた、何をしたのさ」
咲良の声「なにも」
時子「なにもしてなかったら、人んちの部屋にづかづかと入っていかないでしょ」
咲良「警察の人は何かいってなかったの」
時子「私の顔をじっと睨みつけるだけで何も言わなかったよ」
咲良の声「ごめんね、母さん」
電話を切る音
時子「咲良!」
○シティホテル 部屋
咲良、ガラステーブルん上にスマホを置く。
咲良、再び、窓ガラスに映った自分の姿を見る
咲良の顔。睨んでいる
○咲良の部屋・寝室 回想 (夜)
健史、咲良を押し倒し唇を奪う。薄手のセーターを無理やり剥がし、スカートのジッパー外し、脱がそうとする。
咲良、健史を両手で突き放す。
健史「どうしたの今日は。少しくらい良いじゃん、いつもやってることだろ」
咲良「三ヶ月ぶりにいきなりきて、あった瞬間やらせろってどういうこと。前はもっと優しかったのに。それに今はだめなの」
咲良、少し上目遣いで見る。
健史「なんでだめなんだよ」
咲良「今は言いたくない、あとで気が向いたら言う」
健史「だったらいいだろ」
咲良「いや、優しくないもの」
健史「人は変わるんだよ」
健史、再びスカートを脱がそうとする。スカートを脱がす。スカートを脱がされた咲良、立ち上がり小さい机の筆箱の中からはさみを取り出し、健史に向ける。
咲良「近づかないで、これ以上近づいたら刺すわ」
健史、唖然とし苦笑いをし胡坐をかき、
健史「わかったよ。はさみを引っ込めろよ。おれは無理やり強姦するような人間じゃないって。咲良がやるなッといったらやらないよ。だけと本気で信用してくれよ。おれは咲良が好きだ。愛してるって、これだけは信じてくれよ。咲良と結婚して本気でやり直そうと思っていたんだ」
咲良「本当なの?信じていいの?」
健史「嘘なんかつかないって」
咲良、胸に抱えていたはさみを下ろす。
ニヤリと嗤う健史の唇。
○八戸駅 構内のラーメン屋
八戸駅構内。
食堂でラーメンを急いで食っている軽米。
○八戸駅 全景
軽米、駅構内から出てくる。
軽米、ハックションとくしゃみをする
軽米「さむ。寒い!」
軽米、コートの襟を立て手袋のはいていない手をこすり合わせ口で暖かい息を掛ける
○八戸警察署
タクシーが止まり、軽米、中に入っていく。
周辺からえんぶりのお囃子が聞こえてくる。
○八戸警察署 中
敬礼をされた警察官に出迎えられる軽米。
○八戸警察署 刑事部捜査第一課
捜査第一課の事務員が軽米に一枚の写真を渡す。
事務員「古市 咲良の写真です。実家から借りてきました。全員コピーして現場に出てます」
軽米、古市の写真を見る。(写真は画面には見せない)
○八戸市 中心街
まだ道路両脇には雪が解けないで少し残っている。路面が見えているアスファルトに粉雪が舞うように吹き付けている。
えんぶりのお囃子が聞こえ、沿道には観光客が溢れている。
黒いはっぴのようなものを羽織り、馬の頭を模った烏帽子を被った四人の太夫が中心を囲むように集まり、右手には長い棒(鍬台)を持ち、地面に叩くような仕草をし、中腰になり地面すれすれまで頭を振っている。
沿道にいる観客が寒さに震えながら固唾を呑んでみている。
その中に咲良もいる。
咲良、人ごみから、そっと外れる。
○産婦人科 全景
シルバーの建物が光る二階建ての病院
咲良、中に入る
○産婦人科 診察室
医師と対面している咲良。傍らには看護師がいる
医師「もう四ヶ月と三週目に入っています。日帰りでの中絶は無理ですよ。入院が必要になります」
聞いている咲良。
医師「中絶したあとには死亡届けや火葬の手続きが必要になりますし…。あまりお勧めしませんがもう少しお考えになってみては…」
医師、咲良の顔をみている。
咲良の顔
○咲良の部屋 回想
健史「わかったよ。はさみを引っ込めろよ。おれは無理やり強姦するような人間じゃないって。咲良がやるなっていったらやらないよ。だけと本気で信用してくれよ。おれは咲良が好きだ。愛してるって、これだけは信じてくれよ。咲良と結婚して本気でやり直そうと思っていたんだ」
咲良「本当なの?信じていいの?」
健史「嘘なんかつかないって。いままで来なかったのはまじめに働いて咲良との結婚を真剣に考えていたからなんだよ」
咲良、胸に抱えていたはさみを下ろす。
ニヤリと嗤う健史の唇。
○健史の回想 ラブホテル
健史「…っていったらほんとにしやがって。ばかな奴。赤ちゃんができたみたいだから結婚してって。」
黒い下着姿で鏡に向かってタバコをふかしている女A、健史の方を見もせず、
女A「なんと答えたの」
○咲良の回想 咲良の部屋
健史「(フンと鼻で嗤う)赤ちゃんができたぁ?、結婚?ばかいってんじゃねえよ。どこの馬の骨ともわからぬ奴の子供を孕みやがって、結婚なんか誰がするか」