【終】残念王子と闇のマル
楓月王
「楓月~。ちょっとは嫁さん休ませてやんねーと、逃げられんぞ~。」
空が頬杖をつきながら、呆れたように言う。
「さすがの俺も、ちゃんと2年ずつは間あけたんだから。」
空の言葉に、楓月とオーロラ妃が頬を赤くした。
「それが、意外にそうでもないみたいで。」
理巧が無表情で、さらりと言う。
「義姉上も、ご無理されてないようですよ。」
「理巧!」
楓月が慌てて遮ると、理巧が悪戯な笑みを浮かべた。
「良かったですね、同じレベルの相手が見つかって。」
「へぇ、そーなんだ?」
空が楽しそうに、切れ長の黒水晶を三日月に細める。
「まぁでも、好きかどうかはおいといて、やっぱり3年連続で年子って言うのは、体への負担も大きいですから。」
馨瑠の横で紗那も頷いた。
「あのカレン様でさえ、ちゃ~んと間あけてますよぉ?」
その言葉に、銀河がハッとする。
「そういえば、麻流はそろそろ産まれるんじゃないか?」
皆が顔を見合わせた時、風が滑るように降り立った。
「お!今度は一人で女の子だって!」
太陽が風の脚から手紙をとると、聖華に渡す。
「2回とも、双子だったからね。」
聖華が嬉しそうに微笑むと、太陽が伸びをしながら微笑み返した。
「5人目にしてようやく王女様の誕生かぁ。」
「これは、会いに行かねばな。」
とろけるような笑顔で呟いた銀河を、太陽がからかう。
「兄上、すっかりおじいちゃん♡」
「なんだと!…空なんか、こんな見た目で7人も孫がいる、正真正銘のおじいちゃんではないか!」
「兄上が『おじいちゃん』!…今の録音して麻流に聞かせてぇ!」
「空!」
聖華と空の私室が、大きな笑い声に包まれる。
「あなたも、無理せずに。」
聖華がオーロラの手を取ると、オーロラ妃がはにかみながら頷いた。
「いいコンビ。」
馨瑠がぼそっと呟くと、紗那も同意する。
「チャラ~いお兄様にはぁ、あのくらいおしとやかでおとなしい清楚な女性が合ってるわねぇ。」
「なのに毎夜激しい…」
「で!では!懐妊の報告をしましたので、私たちはこれで!」
楓月がオーロラの肩を抱きながら聖華と空に頭を下げると、逃げるように足早に部屋を出た。
廊下に出たところで、隣に音もなく理巧が降り立つ。
「おとぎの国への祝いは、いかがしますか?」
楓月はうーん、と考えると、オーロラを見下ろした。
「女の子だから、オーロラのほうがわかるかも。」
すると、オーロラの表情が輝く。
「女の子を授かったら欲しいと思っている物が、いくつかあるのです!あとで相談に乗って頂けますか?」
珍しく声を弾ませるオーロラに、楓月が碧眼を半月にして愛しそうに見つめた。
「ん。楽しみだな。」
栗色の巻き毛の頭を撫でると、楓月は朱金色のマントを翻して、廊下を去る。
その背をうっとりと見送るオーロラに、理巧が声をかけた。
「部屋まで送ります。」
オーロラは頷くと、理巧に護られながら部屋へ戻る。
廊下の途中で口元をおさえるオーロラに、理巧はカプセルを手渡した。
「どうぞ。」
オーロラは嬉しそうに微笑むと、悪阻に効くカプセルを口に含む。
理巧はそんな義姉を見つめながら、かつて麻流がひとりで悪阻を堪えていた姿を思い出した。
(今は、義兄上が支えてくださっているんだろうな。)
理巧は以前のように国をでることがなくなった為、麻流やカレンにもなかなか会えていない。
こうやって子どもが産まれた時や、重要な急ぎの連絡がある時にしか会えないけれど、安定したおとぎの国の内政や外政を見る限り、変わらず睦まじく互いに高め合いながら過ごしているのだろうと、理巧は安心していた。
「理巧様は、お心に決めた方はいらっしゃるのですか?」
突然の質問に驚いて、理巧はオーロラを見下ろす。
「…まずは、私より姉上たちでしょう。」
静かに返すと、オーロラが頷いた。
「馨瑠様も紗那様も、星一族の方がお相手ですが、空様はお許しになるのでしょうか?」
心配そうに上目遣いに理巧を見上げるオーロラに、理巧は僅かに瞳を和らげる。
「父上は、子どもの幸せを一番に考えてくださる方なので。姉上たちを大事にしてくれさえすれば、相手の出自は問いません。」
言いながら、理巧は麻流の婚儀で一度だけ会った、シンデレラを思い出した。
落ちぶれた元豪農で、義理の母と姉達に冷遇されながら、ひとりで果樹園を切り盛りする芯の強い姿を思い浮かべ、目を細める。
(祖国を離れる上、窮屈な王家に入ってくれるだろうか。)
初めて芽生えた想いに息苦しさを感じながら、理巧は憧れの夫婦がいるおとぎの国へ思いを馳せた。
(完結)
作品名:【終】残念王子と闇のマル 作家名:しずか