永遠を繋ぐ
第一章 永遠の命
「俺は、永遠の命を繋いでいる人がいるという話を信じられるんだ」
藤崎史郎は、スナックの女の子にそう言って謎かけをしたかと思うと、いつものようにタバコをシガレットケースから取り出して、おもむろに火をつけた。人に謎かけするのが好きな藤崎史郎は、謎かけをして相手が考え始めるのを見ながら、ゆっくりとタバコに火をつけるのが好きだった。
話しかけられた女の子は、
「うーん」
と言いながら、考え込んでいたが、実際には藤崎の話が唐突すぎて、考えが及ばないというのが本音だった。
しかし、せっかく客が謎かけしてくれているのだから、最初から考えることを諦めるような態度を取るのも失礼だ。そう思うととりあえず考えている態度を取っておくことが無難だと思ったのだ。
そのことを藤崎が分かっていないはずはない。
――どうせ考えたって、結論なんか出るはずもないんだ。逆に却ってきた答えに自分が頷くような答えを出されたら、俺の立場はないじゃないか――
だから、下手に頭のよさそうな相手には、謎かけをするつもりはない。
――確かに人それぞれ、いろいろな意見があってもいいんだけどな――
と思いながらも、藤崎の性格からすると、それも許せないと思うところは、彼の職業からすると、
――さすが――
と思わせるところでもあった。
藤崎史郎は、ミステリー作家だった。今はもう五十代に差し掛かろうとしているが、三十半ば頃に投稿した作品が新人賞を取ったことで、作家デビューとなった。ただ、彼の作品は、他の人にはない最初は物珍しさから、ウケたりもしたが、しょせんブームと呼べるような作品が、そんなに長くウケるということも珍しい。固定ファンはいたが、少数派であり、売れるという発想とはかけ離れていたのだ。
藤崎の作品が本屋の棚に並んだ時期は短かったが、固定ファンの間では、ネットで彼の作品に対してのツイットが多かった。それでも、出版社側は、
「それこそ、マニア受けというものだ」
として、増刷をすることもなく、次第に出版社への返品も多くなり、センセーショナルなデビューを果たしたにも関わらず、彼は文壇から影が薄くなってくるのだった。
彼が小説家以外の仕事をしているという話は聞いたことがない。確かに本を出してはいるが、印税で生活ができるはずもなく、別にアルバイトをしているという話も聞いたことがない。
「きっと、親の遺産が手に入ったんだ」
という噂がまことしやかに囁かれたが、実際に彼を少しでも知っている人は、彼の親が遺産を残せるほどの金持ちでないことも分かっているし、何よりも、彼の親は死んだわけではない。さすがSF作家、私生活も謎だらけだった。
彼がいつも来るこのスナックでも、金払いは悪いわけではない。毎回、
「いつもニコニコ現金払い」
をモットーとしていて、ツケにすることは一度もなかった。
藤崎史郎が常連としているこのスナックは、名前を「コスモス」と言った。名前だけを聞けばどこにでもありそうな気がしたが、藤崎が最初に入ってきた時、
「この店ほど、コスモスという名前が似合っているところはないような気がしてね」
店の人も、彼のセリフを、
「歯が浮くようなセリフ」
として、真剣み半分で聞いていた。
しかし、次第に彼のことが分かってくると、
「藤崎さんの言っていることは、一見突飛なことに聞こえるけど、冷静に考えてみると、実に的を得ていることが多いよね」
というように、藤崎への見方が急激に変わっていった。それは、いい方に変わったのであって、
――見直した――
というべきであろうか。
藤崎がこの店に来るようになって、そろそろ三年が経とうとしているだろうか。店のママさんは、SF小説マニアであり、不思議な話を自分で考えたりすることもあったという。さすがに文才のなさを自覚してか、小説として書くことはなかったが、思いついたことを、小説家のネタ帳のような小さなノートを持ち歩き、思いついたことを書き溜めるのが彼女なりの趣味だった。
そんな店に偶然とはいえ、最初に立ち寄った藤崎のことを、ママは知っていた。顔を知っていたわけではないが、話をしているうちに、
「ただ者ではない」
と感じたのだろう。
藤崎の方は、店に立ち寄ったのは偶然だと思っているが、ママの方が偶然ではないと思っている。どちらも自分の願望がそう感じさせるのだろうが、そのせいか、お互いに必要以上の意識をしているように思われた。
店の女の子も、藤崎が常連になった時、二人の間にある張りつめた空気に、戸惑いを感じていたようだが、二人の間に他意がないことが分かると、二人の間に存在しているものが、
「大人の会話」
だと思わせたのだった。
二人の間の関係は、店の女の子たちが考えているよりも、実際には親密なものだった。男女の関係が存在したことも事実だし、ただ、その割りにお互い、打算的なところがあるのも事実だった。
冷めた関係に見えることで、男女の関係はないだろうとまわりに思わせたのは、もし、二人の関係を知っている人から見れば、
「計算ずくのことなのかも知れない」
と思わせるだろう。
藤崎もママも、べたべたした男女関係とは無縁で、二人きりになった時はお互いの身体を貪るように愛し合うのだが、それでも、精神的には終始冷静であったのだ。
二人が待ち合わせをするところはいつも決まっていて、ホテルの部屋の予約も、ママの方でしていた。ホテルの従業員も二人が馴染みであることは分かっているが、その男女が、片や小説家であり、片やスナックのママだということを感じていないことだろう。
べたべたはしていないが、二人が一緒にいる時は、まわりから見ていると、一心同体に感じられるほどで、似合いのカップルであった。訳ありだとは思っても、元々の正体まで分かるはずはないだろう。
二人は無口ではなかった。絶えず何かを話していて、待ち合わせた時にいつもいくバーでも、いつも会話を勤しんでいるが、その内容をまわりの人が聞いたとしても、その内容は、不思議なことに、覚えている人は誰もいなかった。どんなに印象に残る内容であっても、この二人の会話だということで、後から思い出そうとしても、なぜか思い出せないというのが、二人を目撃した人の本音だった。
他の人に尋ねるわけでもないので、皆も同じことを感じていると思っているのだろうが、まさか、皆も同じように忘れてしまうことになるというのは、思いもよらぬことだった。誰もが忘れてしまうという発想よりも、
「自分だけがおかしい」
と思う方が、自分自身で納得のいくことのようであった。
ただ、この発想も実は藤崎が自分の小説に書いていることだった。だから、自分たちの会話をまわりが忘れてくれるということも、そのことを藤崎が小説に書いているということも、藤崎の小説を読みつくしていたママには、分かっていることだった。
だが、藤崎もママも余計なことを口にすることはない。お互いに考えていることで、本来なら口にすることで誰もが納得すると思えることでも、敢えて口にすることはなかった。