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⑩残念王子と闇のマル

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覚醒


千針山で、凍死寸前で発見された空。

頭に噴石が当たって、大きな怪我を負っていることから、今夜が峠と紗那に診断された。

聖華が空と過ごす最期の時になるかもしれないので二人きりにしてやろうと、銀河達は部屋から出て行った。

「空…空がいないと私…生きていけな…」

意識がない空にすがりつき取り乱す聖華の嗚咽が聞こえ、カレンは麻流の手をぎゅっと握りしめる。

麻流もその手を強く握り返し、無言ながらお互いに励まし合った。

楓月と理巧は敢えてふりむかず、素早く扉を開ける。

そしてカレンと麻流、楓月と理巧が部屋を出ようとした、その時。

「女王…サマ、でしょ?…泣かな…の。」

掠れた小さな声に、カレン達の足が止まる。

「空!!」

聖華の声に、カレン達は一瞬顔を見合わせ、4人で寝室へ飛び込んだ。

すると、うっすらと開いた焦点の定まらない瞳で聖華を見つめる空が見える。

「父上!」

楓月が聖華の隣に、素早く膝をついた。

「…これ…はずし…。」

苦しげな呼吸をくり返しながら、空が楓月を見る。

「紗那姉上たちを呼んできます。」

理巧はカレンの耳元で囁くと、静かに姿を消した。

酸素マスクを外して良いのか迷った楓月は、聖華を見る。

聖華はその視線を受け止めて、優しく微笑むと、迷いなくマスクを外した。

「おかえり、空。」

涙に濡れた頬のまま聖華が微笑むと、空の瞳が三日月になる。

「ん。」

浅く荒い呼吸をしながら、誘うように空は瞳を閉じた。

すると、聖華がその唇に軽く口づけを落とす。

そこへ紗那と馨瑠が入って来た。

「さっすがぁ♡」

「意識戻った瞬間、いちゃつくなんて…。」

先ほどまでの緊張感はどこへやら、すっかりいつも通りの様子で二人は現れる。

「兄上!」

そこへ賑やかに太陽が飛び込んできた。

「静かにしろ、太陽。」

厳しい声色で注意しながら、銀河も理巧と一緒に入ってくる。

「いちゃいちゃしたいでしょうが、まだ無理ですよ~。」

紗那が脈と血中酸素濃度を計り、酸素マスクを空の口に再びかぶせた。

「ま、でも峠は越えましたね~。」

「ほんと不死身。」

普段通りの口調の紗那と馨瑠に、皆の緊張もゆるむ。

けれど空が目を伏せたのを、カレンは見逃さなかった。

カレンはジッと空の様子を見つめ、ひとつの異変に気づく。

「ソラ様。失礼します。」

カレンが布団に手を差し込み、空の手を握った。

「…。」

空が、カレンを黙って見つめる。

カレンはその瞳を見つめ返すと、頬を歪めた。

「ソラ様…。」

そんな二人を見た紗那が、ハッとした顔をする。

「…まさか…。」

掛け布団をめくって、紗那が空の手を掴んだ。

けれどその手は、指一本動かない。

指どころか、首から下が全く動かないのだ。

「…。」

その場にいる全員が、空が命と引き換えにしたものに気づく。

忍の頭領として、王配として、致命的な…その代償。

けれど、空の瞳に諦めも悲しみもない。

その黒水晶の瞳を聖華へ向けると、首を傾げて微笑んだ。

「ごめ…な。」

なぜ謝られたのかわからない様子の聖華に、空が言葉を足す。

「もう…だきしめ…られな…。」

聖華は目を大きく見開き、しばらく空を見つめていたけれど、ついにぷっと吹き出した。

意外な反応に、その場の全員が驚く。

「ふふっ、ふふふっ。」

聖華はひとしきりおかしそうに笑った後、目尻の涙を拭いながら華やかな笑顔を浮かべた。

「そんなの、空が我慢できるわけないじゃない。」

空の頬にそっと手を伸ばすと、聖華は優しく撫でる。

「なんとかして抱きしめようと、頑張るでしょ?」

聖華の言葉に、太陽が明るい声をあげた。

「そりゃそうだ!」

そして、一斉に笑い声があがる。

「お母様を抱きたい一心でリハビリに励まれるわよ、きっと。」

馨瑠がニヤリと笑うと、

「たしかに。馬のニンジン並みに、聖華を目の前に置いておけば、あっという間に動くようになりそうだな。」

銀河が大真面目な顔で頷いた。

「母上に会いたい一心で、甦られたし!」

楓月が笑うと、

「どれだけいやらしいのぉ、お父様♡」

紗那が空をからかうように、つつく。

「どのくらいで、戻るでしょうか。」

軽い空気の中、理巧が真面目な顔で呟くと 、

「カレンなら、どのくらいで戻ります?」

なぜか麻流がカレンに話をふった。

「え!?」

他人事と思って笑っていたカレンは、とびあがって驚く。

「さっき母上におっしゃってたでしょ?『ソラ様と僕は同じ』って。」

(!)

「その言葉通り、父上は本当に死の淵から戻ってこられたし。」

「…。」

カレンが焦ってぐるっと見回すと、楓月と太陽、双子がからかうような笑顔を向けていた。

当の本人の空も、ニヤニヤと笑みを浮かべていて、カレンは視線をさ迷わせる。

「えー…っと…。」

頭を掻きながら麻流を見ると、丸い大きな黒水晶の瞳と視線が絡んだ。

その瞳に吸い込まれるように見つめ合っているうちに、自然に言葉がこぼれる。

「僕なら…一日も堪えられない…。」

「!」

一気に頬をリンゴ色に染める麻流に、からかいのどよめきが起きた。

「さっすが、カレン!兄上並みの下半身王子!」

「か…!?なんてこと言うんだ、太陽!!」

「お姉様は、堪えれるかどうかを訊かれたんじゃないんですけどね。」

「ま~滞在中のあの熱愛ぶりを考えたらぁ、でしょうね!ってカンジ♡」

「いやぁ~でもそれ考えたら、麻流も母上も自分が堪えれなくて逆に抱きにいきそうだな。」

楓月がカラカラ笑いながら言った瞬間、室内がシンと静まり返る。

聖華と麻流がつららの瞳で楓月を射貫くと、皆が一斉に視線を逸らした。

「…。」

迫力のある二人の冷ややかな怒りのこもった視線で、自らの失言に気がついた楓月はひきつった笑顔を浮かべ、さりげなくカレンの後ろに身を隠す。

「な、なぁ!カレン!カレンもそう思うだろ!?」

強引に味方に引き入れようとする楓月を、カレンはふり返り頷いた。

「そうしてくれたら嬉しいですけど」

言いながら、麻流に視線を遷し、色気溢れる艶やかな笑顔を浮かべる。

「でも、やっぱり自分で抱きしめたいから、リハビリ頑張ります♡」

その色気と可愛らしさに、一気に場の空気がゆるんだ。

「…だね…。」

空もやわらかな表情で、頷く。

「…うちの王族の男、チャラ男ばっかり。」

馨瑠がため息混じりに呟くと、銀河と理巧が冷ややかな視線を向けた。

「一緒にするな。」

「一緒にしないでください。」

「…ハモった…!」

空は喉の奥で笑った瞬間、咳き込む。

紗那が素早く血中酸素濃度を計り、馨瑠に指示を出した。

それに従って、馨瑠が薬を準備する。

聖華は空の胸をさすりながら、楓月を斜めに見た。

楓月は黙って頷くと、瞬時に次期国王の顔に戻り、空に頭を下げる。

「では父上、ごゆっくりおやすみください。…母上、失礼致します。」

「おやすみ。」

威厳のある柔らかな表情で頷く聖華に微笑み返した楓月は、優雅に立ち上がった。
作品名:⑩残念王子と闇のマル 作家名:しずか