春はまだ先 探偵奇談14
まだ君は知らない
着替えを終え、部員らが次々集合する。あたりがそろそろ暗くなる時刻だ。帰りの電車の時間が迫っている。
「更衣室忘れ物ないか見てきてくれ。俺、先生呼んでくる」
「はい」
伊吹は顧問を呼びに弓道場の玄関に向かう。靴を脱ごうとしたところで。
「あ、伊吹くん」
またしても呼び止められた。
「あ…」
振り返ると、大好きだった笑顔がこちらを見ていた。告白されたときと同じ、はにかんだ彼女の表情。制服に着替えた彼女は、残って片付けをしていたらしく、手には記録用紙などを抱えていた。
「すごかったね、主将戦の皆中。おめでとう」
「あ、うん、ありがとう」
言葉が続かない。何を言えばいいのだろう。彼女は何か言いたそうだが…。
「すごいでしょ、うちの主将。男前で惚れ直した?」
肩を引かれて振り返ると、瑞が立っていた。
「瑞…」
「でも、返せって言われてももうお返しできませんので」
肩をずるずると引かれ、伊吹は瑞に引っ張られていく。
「おいおい」
「なにあれ!あざといよ!」
瑞がぷんぷん怒っている。
「労ってくれただけだろ」
「いーやチガウ!あわよくば復縁とか絶対思ってる!」
「思ってないって」
「思ってますよ!だって主将戦んとき、伊吹先輩が一番かっこよかったから!」
作品名:春はまだ先 探偵奇談14 作家名:ひなた眞白