⑧残念王子と闇のマル
理巧がカレンを抱き取ろうと手を伸ばすけれど、麻流は抱き直すだけで渡そうとしない。
「…。」
理巧は少し考えて、手を引っ込める。
そして再び麻流へ声を掛けた。
「カレン様、よく術にかかりましたね。」
理巧の言葉に、麻流はチラリと理巧を見ただけで答えない。
「父上の色術にも掛からないのに。」
麻流は腕の中で眠るカレンを、そっと見た。
「チョコレートを使った。」
短く答えると、理巧は納得したように頷く。
「なるほど。糖分で、術をかかりやすくしたんですね。」
麻流はカレンを抱き直しながら、呟いた。
「この人は…強いけれど純粋すぎる。」
理巧が横目で麻流を見ると、その黒い瞳と視線が合う。
「戦争の汚さ、おぞましさなんて知らずにいてほしい。」
理巧は小さく頷くと、前を見据えた。
「婚約成立と、香りの都に伝えてきました。」
麻流が首を傾げた時、風の鳴き声が頭上から聞こえ、二人の間に緊張が走る。
「なんで香り?確かにおとぎの隣国だけど、噂好きなのは眠れる森じゃない?」
言いながら、麻流は素早くカレンの眉間に指を2本当て、軽く突いた。
その横で理巧は馬上に立ち上がり、背中の忍刀を抜く。
「姉上の肩の傷は、香りの都で受けたものです!」
両手に刀を構え、理巧は一気に馬のスピードを上げて麻流の前に出た。
(え?)
麻流は一瞬戸惑うものの、それどころではない状況に、とりあえずその戸惑いを胸の奥に押し込める。
術が解けたカレンは、麻流の腕に抱かれていることに驚き、飛び起きた。
「王子、襲撃です。」
麻流はカレンに告げながら、星の背中に立ち上がる。
「理巧が進路を切り開きますので、援護をお願いします。」
言いながら、麻流はカレンを飛び越えて、星のお尻に着地した。
そしてカレンの背後を守るように、手裏剣とクナイを構え横向きに立つ麻流は、走る馬上に立っているにも関わらず、まるで地に立っているかのような安定感で辺りを見回す。
「了解!」
カレンも剣を抜いて、盾を構えた。
麻流はものすごいスピードで駆け抜ける馬上で、踊るように身を翻して手裏剣を打ち込む。
それらは殺傷能力のない訓練用の手裏剣にも関わらず、見事に敵の急所を捕らえ、戦闘能力や命を奪っていった。
「ソラ様から貰ったのは、使わないの?」
カレンが敵を倒しながら訊ねると、麻流は背中の忍刀を抜く。
「まだ先は長いんで!」
言いながら、カレンの首を狙ってきた敵を深々と突き刺した。
「喋ってる暇ないですよ。」
冷ややかな視線を向けられたカレンは、嬉しそうに麻流を見上げる。
「さっすがぁ、麻流♡」
「…。」
殺伐とした状況にも関わらず、明るい純粋な笑顔を向けられて、麻流は戸惑った。
戸惑いながら、高鳴る鼓動に唇を噛む。
ぷいっと横を向かれ、カレンの顔が一瞬曇った。
けれど、稀代の最上忍と言われていた麻流の実力を目の当たりにして、その圧倒的な強さと美しさにカレンは心を奪われる。
あっという間に包囲網を突破した3人は、そのまま空との合流地点を目指した。
忍の馬のスピードにも慣れたカレンは、星を操って理巧に並ぶ。
「おかえり、リク。」
笑顔で声を掛けると、理巧が珍しくやわらかな表情を向けた。
「…もしかして、マルの闘う姿を見れて、嬉しいの?」
からかうように訊ねると、理巧の瞳が半月になる。
「想像以上でした。」
「ははっ!めっちゃ嬉しそう♡」
新月の今夜は月明かりもなく、辺りは真っ暗だ。
その中を灯りもないまま3人は駆け抜けており、またいつ襲撃を受けるかわからないような闇の状況にある。
けれど、カレンは変わらず輝くように明るい。
その精神力の強さと寛大さに、麻流の心は癒されていく。
夜明けまでには、空との合流地点にたどり着かなければ危険だ。
(なんとしても、この王子を守り抜きたい。)
麻流は、自然とそう思いながら、カレンの金髪を見下ろした。
作品名:⑧残念王子と闇のマル 作家名:しずか