決闘! 幡ヶ谷駅!
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桃子は相変わらず毎朝あの路線、あの時間の電車、あの車両に乗っている。
ただし、以前のような取り巻きはなく、また『寄るな触るな』オーラも纏っていない、他の乗客と同様に人波に揉まれて通勤している。
そして俺もまた同じ電車で通勤している……。
恋に発展したんじゃないかと思った? いや、いくらなんでもそれは……いかに作者がご都合主義と言えどもそれはない。
ただ、あの時ギャラリーになった乗客たちも、もう桃子を敵視してはいない、卓越した技量を以て正々堂々と戦い、潔く負けを認めた事は誰の目にも明らかだったから。
そして、この車両には不思議な連帯感が流れるようになり、同じように満員ぎゅう詰めでも以前ほど辛くはなくなっているように思う。
「おう! 押すんじゃねぇ! 押すなって言ってるだろう? おい! 俺のアルマーニに傘なんぞ押し付けるんじゃねぇ! 濡れちまったじゃねぇか、ぶちのめされてぇのか?」
ある朝、不思議な連帯感で充たされているこの車両に見知らぬ傲慢な男が乗って来た。
893でもいっぱしの者はこんな態度を取ったりはしない、ある程度の歳には見えるがチンピラ、ゴロツキの類だ。
その後も男の傍若無人ぶりはエスカレートするばかり。
俺がちらりと桃子のほうを見やると、桃子も小さく頷いた。
「お兄さん、あんまり人に怒鳴り散らさないでもらえるかしら?」
「なんだと! このアマ!」
「兄さん、この女の人の言うとおりだ、迷惑だから降りてもらえないかな」
「手前ぇ、舐めた口利きやがるとただじゃすまねぇぜ」
「次の駅でちょっと付き合ってもらえるかしら?」
「はぁ? なんだとぉ?」
「降りてくれないかと言っているんだが」
「なんで俺が」
「あたしたちも一緒に降りるから」
「なんだぁ? 俺とやろうってのか? 上等だ、相手になってやろうじゃねぇか」
桃子が小さく肩をそびやかし、俺はそれに微笑を返した。
【はたがや~ はたがや~ この電車は都営新宿線直通の……】
車両から降りた乗客がギャラリーとなって輪を作り、桃子が傘をピタリと構えた……。
「隙だらけ……あたし一人で充分ね」
「そのようだな、お手並み拝見」
俺はギャラリーの最前線で腕組みをした。
ギャラリーに囃し立てられて、ゴロツキは頭から湯気が立ちそうな位に赤い顔をしている。
「参れ!」
「なんだとぉ、このアマ~!」
冷静さのカケラもなく殴りかかろうとするゴロツキ、桃子の傘はその時一筋の光と化した……。
(終)