新・覇王伝_蒼剣の舞い【第2話】
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蒼国領・蒼の谷___、牙の村に近いこの地にその男は住んでいると云う。
名を斗宿(ひつき)、と云っても彼が名前を知ったのはずっと後の事だ。
「清雅さま、その人何者なんです?」
「変わり者の爺さんさ」
清雅が子供頃、良く家に出入りしていた謎の老人がいた。何をするわけでもなく、茶を飲み去っていく。理解っていた事は、母・桜や狼靖の事を知っていた事だ。
得に母とは何らか縁があったようだが、未だ10歳になるかならないの子供の清雅には理解らなかった。
その斗宿を、清雅は訪ねなければならない理由が出来た。
そんな彼の後ろで、引きつった悲鳴を上げる拓海がいた。
「…お前なぁ…」
素早く茂みに逃げ込む細長い生き物を見て、清雅はこめかみを揉む。
拓海は、虫や蛇が苦手だった。
「…なにか…」
「玄武の息子が、あんなモン怖がってどうすんだよ」
「僕のいた北領にはいませんでした」
「ここから辺は、あんなの序の口だぜ」
「………え」
拓海の顔が、すぅと青くなる。
焔と違って冗談を云わない清雅だけに真実みを帯び、すぐに顔に出す拓海は常に焔の悪戯の被害に悩まされる。
後ろから擽られたり、寝込みを襲われたりと。
お陰で、ここ数日の清雅の周囲は賑やかである。
「その爺さんちには、蜥蜴のアルコール漬けがいくつかある。好物だそうだ」
「ほんとに…変わってますね…」
笑顔を引きつらせながら、拓海は清雅の後ろをついて行く。
そもそも、拓海が清雅と蒼の谷に行く事になったのは、牙の谷から清雅たちが戻ってきたその夜が切欠だった。
義勝との勝負で負傷し、夢に魘されていた清雅が目を開けると、目にいっぱい涙を浮かべ、見下ろす少年がいた。
「…お前…、玄武の息子…」
「はい、拓海です」
清雅の手をしっかりと握り締め、拓海は顔を綻ばせた。
「器用な奴だな…、泣くか笑うか、どっちかにできねえのか…?」
声に力はないが、口の悪さは復活の清雅に拓海は頷くしかない。
もう、一人ではない。清雅には、仲間がいる。
自分を慕う人々がいる。牙の村でそれを改めて知った。
だからこそ、斗宿を訪ねる気になった。
彼以外、考えられなかったのだ。清雅の左耳にあの仕掛けをしたのは。
作品名:新・覇王伝_蒼剣の舞い【第2話】 作家名:斑鳩青藍