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短編集10(過去作品)

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白い閃光



               白い閃光


「そういえば、見たことがあるようなところだなあ」
 そう思ってはみたが、それがいつどこでだったか定かではない。
 記憶の中に引っかかっていることは事実なのだが、意識としてはっきりしないのは夢で見たからではないだろうか? 頻繁ではないが、同じような思いは一度や二度のことではない。
「えっと、確かこの角を曲がれば……」
 記憶というメモが正しければ目的地はすぐのはずである。
 先ほど入った電話での内容だけなので、どこまで正しいか疑わしい。しかし、いてもたっても居られなくなったのは事実で、気が付けばここまで来ていた。不思議なことに電話の内容はまったく覚えていないが、なぜか道順だけが頭の中に残っていた。
「それにしても、このあたりには一度も来たことがないはずなのに……」
 駅とも反対方向。このあたりは住宅地といってもよい。この街に引っ越してきてそれほど経っていない私にとってこのあたりはまったくの未開の地であり、用のないところであった。生活範囲は会社と家の往復にほとんど限られているため、住宅街などまったく縁のないところである。
 深夜の住宅地。なぜ私が今頃このあたりに……。そう思わずにはいられない。
 遠くから犬の遠吠えが聞こえてきた。するとそれに反応してか、近くの家からもこだまが響くかのように犬が吼えている。
 見上げた空にお盆のような月があたりを照らしている。しかし今日の月はいつになくオレンジ色を含んだもので、照らし出すというよりも不気味さを醸し出していた。それゆえ立体感には乏しいのだが、なぜか影だけはくっきりと浮かび上がっていて、細長く柿色に滲んで見えた。
「カッカッ」
 乾いた靴音があたりに響く。寒風を貫く遠吠えは、自分の靴音に対してのものなのだろうが、他に誰かがいるような気がするのは錯覚であろうか?
 空気が乾燥しているせいか、少し喉が痛い。風邪のひき始めに近いような感じがし、若干熱っぽく、頭がボヤけている状態だ。
 無風だと思っていたが、ぼんやりと掛かった靄が少しずつ右から左へと流れていく。オオカミを思わせる犬の遠吠えは、満月に呼応して、まるでオオカミ男の話を思い起こさせるに十分だった。
 夜の静寂に佇むのはどう考えても私くらいのものだろう。そう思えるほど静かな住宅街のたたずまいは、豪華な家が立ち並んでいるだけに微動だにしない雰囲気を醸し出し、さらに冷たさを感じさせる。一歩進むにつれ身体が硬直するのではという錯覚に陥るほどである。
 時刻にしてそろそろ日付の変る時間帯。都会の雑踏ならいざ知らず、このあたりはとっくに眠りについた街と化しているはずだ。
「隣の家との境までどれほど歩けばいいのだろう?」
 そんな思いが頭をちらつく。会社社長や、政治家の先生などが屋敷を構えていることで有名なこのあたりは、御殿と呼ぶに相応しい屋敷が並んでいるのだ。
 立派な門構えや塀を構えたその向こう側には、さぞかしきれいな日本庭園が待ち構えていることだろう。中には西洋風の屋敷もあるのだろうが、目を瞑ると浮かんでくるのは日本庭園の風景だった。
 どうしても、頭に西洋屋敷が浮かんでこないのは不思議だった。
 歩いていくうちに最初に感じた思いがさらに深まっていった。確かにかつて見たことのある風景に似ていたという実感がある。
 次第に薄暗さにも慣れたせいか、月明かりは先ほどのオレンジ色というよりも黄色に近く感じられるようになっていった。そのためまるで昼間に近い感覚を覚え、浮かび上がった影に違和感がなくなってきたのかも知れない。
「以前に見た時も確か夜だったような気がするが?」
 記憶の扉が少しずつ開かれそうな予感がしたその時、確かにそう感じた。
「やはり今日のように月明かりで、くっきりと風景が浮かび上がっていたんだ」
 確信に近いものだ。しかし間違えなくここに足を踏み入れるのは初めてのことだった。一体どういうことだろう?
 進みかけた足が一旦止まった。あたりを一度見回すが、何もない。誰かが近くにいるのを感じたというわけではない。ただ立ち止まってあたりを見回しただけだ。
 しかし……。
 最初近くに見えていた次の角まで中々近づけないのでどうしたのだろうか? とあたりを見渡したのだ。後ろを振り向く限り、かなり来ていることには間違いない。しかし、そのまま前を向くと最初感じた角までの距離と、さほど違いがない。電柱の影を目印としていたので感覚に間違いはないはずだ。
 ということは……?
 私が見上げたその先には、さっき見たオレンジとは打って変わって黄色に光り輝くお盆のような月がある。
 先ほどと違うのは本当に明るさや色だけだろうか? 
 距離感の錯覚がとっさに月明かりのせいだと感じたのは、まったくの偶然ではないだろう。何も考えずに歩いていれば月光の色の変化にすら感じることなどないからである。
 あそこからここまで、掛かっても数秒のはずである。その間に月が移動しているなど信じられるわけはないが、しかし明らかに先ほどよりも下の方に移動している。
 本当につい今しがた見た月なのだろうか? そんなことさえ考えてしまう。
 現象としては今見た月に間違いない。しかし、感覚的には数時間前だったのでは? と言われても不思議ではないくらいで、自分でも戸惑っている。
 そう、後ろを振り向いた瞬間、「振り向いてしまった」と、なぜか後悔してしたのも事実であって、それがこれから起こる出来事を予感させるものだということに気付いてはいなかった。月のことは、養分思い出さないようにと、無意識に封印したかのようだった。
 何はともあれ、ここまで来たのだから前進あるのみである。気にならないといえば嘘になるが、もう私は前しか見ていない。後ろを振り返ることなく進んでいけば、気が付けば角までたどり着いているに違いない。
 歩く速度にそれほどの違いはなかった。一歩一歩足元を見ながら進んでいると確かに気が付けば角まで来ていた。そのまま右に折れた私はそこに広がる風景が昨日夢で見たものと同じであることを確信するに至った。
 しかしその光景は先ほどまで予想していた風景とはまったく違ったもので、日本家屋の豪邸が立ち並ぶといったものではなく、西洋建築で彩られていた。一瞬立ち止まったのも無理はない。その時、昨日の夢の内容を思い出そうとしていたからに違いないのだ。
 視界いっぱいに広がる西洋建築は真黄色な月に照らされ、怪しく映えていた。先ほどまで無風だったにもかかわらず屋敷内の木々が音を立てて揺れていることから、少し風が出てきたようである。明らかに先ほどよりも寒さを感じていた。
 一軒一軒確かめるように首を左右に振りながらゆっくりと歩みを始めた。
「一体どこが入り口なのだろう?」
 そんなことを考えながら進んでいくと、左側の屋敷の並びから怪しげな音が聞こえてきた。
「ギーッ」
 どうやら扉が風に煽られて開く音のようだった。かなり厚めの扉であることは見て取れる。それをこじ開けるのだから今吹いている風がかなりなものであることは想像できるのだが、体感的にはそれほどでもないのはなぜであろうか? まるでそこだけに強さが集中しているかのようだ。
作品名:短編集10(過去作品) 作家名:森本晃次