小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

リードオフ・ガール

INDEX|4ページ/9ページ|

次のページ前のページ
 

 達也が叫び、由紀は彼にボールを託した。
 達也が振り向くと、ショートの隆はセカンドを指差している、達也は中継を使わずにセカンドにボールを送った。
「アウト!」
 当然フェンスまでゴロが達すると踏んでいたバッター・ランナーは一塁を廻った所でスピードを緩めてしまっていたのだ。
 2人のランナーはホームを踏んでしまい、3点を先制されたが、これでワンアウト・ランナーなし。
 落ち着きを取り戻した正臣は後続を丁寧に討ち取ってチェンジ。

「ごめんなさい、肩が弱いのばれちゃいました」
 ベンチに戻るなり、由紀は頭を下げた……が。

「そんな事はいつかばれるもんだよ、それよりも4番をアウトにしてくれたのは助かった、あれで落ち着けたよ」
 正臣が笑いながらそう言ってくれた。
「3番の打球でランナーが止まってたとしても、4番のレフトオーバーでどのみち3点入ってたさ、結果は同じことだよ、それより早くバッターボックスに入れ、出塁してかき回してくれよ、それがウチのペースだからな」
 キャプテンの敦にポンと背中を叩かれて由紀はバッターボックスに向かった。
 相手ピッチャーはスピード、コントロール共に平均的、だが、2回戦を見て由紀対策は講じて来たようだ。
 由紀は高めには決して手を出さない、打ったところで力負けすることはわかっているし、ひときわ背の低い由紀が相手だとボールになる確率が高いからだ。
 それを肝に銘じているのだろう、低めに丁寧にコントロールして来た。
 1-2と追い込まれた由紀だが、低めならカットする事は可能、そこからファールで粘る。
「ヘイヘイ! 前に飛ばせないのかよ!」
「粘れ粘れ、見極めて行け」
 由紀を挟んで両側のベンチから声が飛ぶ。
 しかし、由紀は冷静だった。
 3-2まで粘った12球目、じれたのか、ピッチャーは速球で勝負に来た。
(高い!)
「ボール! ボール・フォア、テイク・ワンベース」
 
 相手ピッチャーに球数を投げさせることも1番バッターの重要な役目、由紀はその役目をしっかりと果たして一塁に歩いた。

 由紀の足を警戒しなくてはならない事はわかりきっている、ピッチャーは何度も執拗に牽制球を送って来るが、由紀はその都度楽々と帰塁する、 監督の光弘から「待て」のサインが出ているのだ。
 光弘は打撃戦を予想している、正臣はペースを取り戻したが、相手の上位打線は抑えきれないと踏んでいるのだ、ならば1点を取りに行く作戦よりもランナーを貯めて敦、勝巳の3、4番に任せたほうが良い、彼らならこのピッチャーを打ち崩す事は難しくない筈……。
 そして光弘の作戦は当った、由紀を警戒しすぎたバッテリーは勝征にフォアボールを与えて、自らピンチを背負ってしまったのだ。
 二塁ベース上にいてさえ由紀は危険な存在だ、しかも勝征も俊足だからダブルスチールも警戒しなければならない、注意力をバッターとランナーに二分されてしまったピッチャーは敦に対して集中力を欠いた、それを見逃すような敦ではなかった。
 二塁打で走者一掃、更に4番の勝巳もタイムリーで続き、サンダースはあっさり試合を振り出しに戻した。

 その後も試合は一進一退。
 相手チームはことごとくピッチャー返しを狙って来る。
 サンダースの守備に目立つような穴はない、狙うとすれば由紀の弱肩しかないのだ。
 由紀も守備範囲の広さを見せるが、一つ余計に進塁を許してしまうことも数回。
 打席でも初回以後はフォアボールを取れず、乱打戦の中で前の塁が埋まっていると俊足も充分には生かせない。

 そして、8-7と1点リードで迎えた7回の表、ツーアウトランナー一塁で相手4番を迎えた。
 この試合4打数4安打と当っている4番を歩かせる選択肢もないわけではないが、歩かせれば逆転のランナーを許してしまうことになる。
 光弘のサインは「勝負」、正臣は丁寧に低目を突いて行った、乱打戦で球数を投げていて球威が落ちてきている事は、敦も正臣もはっきり認識していたのだ、低目を突いて、それでフォアボールならそれは仕方がないという認識、それは光弘も同じだった。
 2-1からの4球目、見逃せば低く外れるボールだったかも知れないが、コースが真ん中よりに入ったボールを叩かれた。
 打撃が売りのチームの4番、当然パワーも充分だ、打球は由紀の頭上を襲った。
 背走、また背走。
 ツーアウトなので一塁ランナーは当然走っている、捕れなければ当然同点、それどころか由紀の肩を考えれば三塁打、あるいはランニングホームランになってもおかしくない、レフトの達也はクッションボールに備え、ライトの幸彦とショートの隆は中継ポイントに入り、サードの慎也、キャッチャーの敦は返球に備えてベースに付き、ピッチャーの正臣はサードのバックアップ、それぞれが自分の役割を見定めて行動しながらも、固唾を呑んで由紀の背走を見守った。
(届かないか……)
 光弘がそう思った瞬間。
「跳べーっ!」
 達也が叫ぶと、それまでボールを見ずに背走していた由紀は振り返りながらジャンプした。
 キャッチ!
 由紀はそのまま転がったが、立ち上がった時ボールが入ったグラブを高々と差し上げたのだ
 サンダースのナイン、ベンチは拳を突き上げ、既に一塁を廻っていた4番は天を仰いだ。
 
(続く)

作品名:リードオフ・ガール 作家名:ST