第一回・怖いもの選手権顛末記
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二十分の休憩が終わり、観客が席に戻ると、ホール内に風が舞い始める。
風は次第に強まって甲高い風切り音を轟かせて吹き荒れ、風を視覚化するべく、白い布がホールの上部を激しく舞い始めた。
(これは、一反木綿か?)
観客がそう思った矢先、激しく舞っていた布が一瞬にして切り刻まれて客席へと舞い落ちて来た。
布そのものが妖怪かと思っていた客席は悲鳴に包まれた。
「ストップ! ストップだ、『かまいたち』殿」
デーモンの声が会場に鳴り響いた。
ようやく事情を飲み込んだ観客は押しボタンを押し、得点は1,892点、だが……。
「かまいたち殿、主催者からの裁定が下った、布を観客席に落とすパフォーマンスは、危険こそ無いものの、『直接的に観客の身体に働きかける行為』と看做される、残念ながら失格と言うことだ……次回はこのようなことがないようにお願いしたい……ボタンを押してくれた諸君には申し訳ないが、かまいたち殿のパフォーマンスは違反により失格とする、その布はただの木綿であるから心配には及ばないぞ、記念に持ち帰ってもらっても構わないそうだ……さて、気を取り直して次のパフォーマンスとしようではないか」
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客席後部の扉が開き、提灯を下げた二体の妖怪が二本の通路をそれぞれステージに向かって歩いて来る、片や子泣き爺、片や砂掛け婆だ。
しかし、ここまで本物の幽霊や妖怪を堪能して来た観客にはそれは人間が扮しただけのニセモノである事がわかってしまう。
通路を縦断した子泣き爺と砂掛け婆がステージに上がり、観客に正対する。
得点盤はぴたりと止まったまま……白けた雰囲気が会場を包んだその時。
「ケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタ」
「ケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタ」
子泣き爺と砂掛け婆が下げていた提灯がぱっくりと口を開けて、甲高い声で笑い始めた。
妖怪は子泣き爺と砂掛け婆ではなく、提灯だったのだ。
提灯が吐き出した鬼火がホールの上部を飛び回る中、得点盤はぐんぐんと上がり、1,520
点を記録した。
「いや、我輩も意表を突かれた、瞬間ではあるが血が逆流したぞ……一瞬の意外性に賭けたアイデアの勝利と言っても良いのではないかな? 中々のパフォーマンスであったと思うぞ……会場そのものを使ったパフォーマンスが続いたが、次のパフォーマンスはステージ上だ、ステージに注目してくれ給え」
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緞帳が上がると客席向かって右端に紙障子の衝立、左端に燈明の灯り。
紙障子の後ろからライトが当てられると女のシルエットが浮かび上がった……と、その首がするすると伸び始めるでは無いか。
頭部が衝立の陰から現われると、衝立はぱたりと倒れ、地味な着物を着た女の首がにゅるにゅると伸びて行く様が明らかになる。
そして、首はステージを横切って燈明の油皿に……。
「ぺちゃぺちゃ……」
一心に油を舐める……そして顔を上げると……。
その口元は真っ赤に染まっているではないか!
観客の悲鳴と共に暗転、デーモンの出番となる。
「ご存知『ろくろ首』のパフォーマンスであった、首が伸びて行くのも気味が悪いものではあったが、赤く染まった口元には驚かされたな、もっとも、あれは血などではなく、赤く色づけした菜種油だそうだから安心してくれたまえ、余りに有名なだけにインパクトに欠けるかと思ったが、ひと工夫が見事であったな、得点は……1,250点、丁度半数の諸君がボタンを押してくれたようだ、では、次のパフォーマンスをご覧頂こう」
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ステージがかなり明るめに照らし出されると、数人の若い男の姿。
いわゆる『チャラい』系の男たちだ。
「カノジョー、どうしたの、そんなところにうずくまって、具合でも悪いの?」
見るとステージ左端にうずくまる若い女の姿、こちらもちょっと『ケバい』系の服装だが、髪は漆黒のストレートロング、男たちの問いかけに小さく首を振る。
「具合は悪くない? もしかして泣いてんの? だったらさ、俺達と一緒に遊ばない? ぱぁっと遊んで気を晴らそうぜ」
しかし、女は小さく首を振るばかり。
「ねぇ、カノジョ、カノジョったら」
一人の男が女の肩を叩くと……。
「デ、デタ――――(;゚Д゚)――――!」
振り向いた女がストレートロングの黒髪を掻き分けると、そこには目も鼻も口もない。
「そんなに慌ててどうしたのよ」
男たちが袖に逃げ込もうとすると、そこに立ちはだかる女がいる。
「ででで、でたんだ、の、のっぺらぼうが!」
「あらそうなの? のっぺらぼうって、目も鼻も口もないって、あれ?」
「そそそ、そうだよ、それだ、バケモンだよ!」
「あらあら、女性をつかまえてバケモンは酷いわね、ヘイトスピーチもほどほどにね、もっとも、あたしも他人のことは言えないわね、ほどほどじゃないんだもの」
振り返った女の口は耳まで裂けていた。
「ギャーーーー!」
野太い悲鳴の中、暗転。
「『のっぺらぼう』と『口裂け女』のコラボによるパフォーマンスであった、ちなみにあの男たちは先ほどエキストラにスカウトしたばかりのアルバイト、何も知らされていなかったそうだから相当に怖い思いをしたはずだな、あの悲鳴は演技ではないのであろう、可哀想な気がしないでもないが、チャラチャラしている男は我輩も好かんのでいい気味だと思わんでもないぞ、まあ、良い経験をしたと思って貰おう……得点は718点とあまり伸びなかった、古典的な展開を現代風にアレンジしただけと見せかけて、のっぺらぼうと対極にある口裂け女とコラボしたアイデアは秀逸であったが、怖さよりも可笑し味が勝ってしまった感が無きにしも非ずであった。
次のパフォーマンスの準備も良いようだ、では存分に怖がってくれたまえ。
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緞帳が上がると、ほの暗いステージには女子高生とおぼしき美少女が佇んでいる。
そして、正面下方から強烈なスポットライトが点灯、ステージ後方の幕に浮かび上がったシルエットは……紛れもなく猫のものだ。
観客が息を飲んだ瞬間、女子高生に猫耳が生え、ヒゲが生え、瞳が縦一筋となって口が大きく裂けた、化け猫に変身したのだ。
すると会場には重低音が効き過ぎるほど効いたHipHopが鳴り響き、両袖から五体づつ新たな化け猫も飛び出して、最初の化け猫を先頭にV字の隊形を組んで踊り出す。
猫特有のしなやかな動きと瞬発力を生かしたダンスは、キレ、迫力共に充分、ステージ天井からはミラーボールが降りてきて、色とりどりのスポットライトを反射させる、ド派手なダンスパフォーマンスだ。
作品名:第一回・怖いもの選手権顛末記 作家名:ST