トイレの水を流したら…
「お〜い!酒井!やっぱり外で用を足すなんて恥ずかしすぎるよ!早くここから出てくれよ〜!もう我慢の限界だ!」
齢51歳の堀川権蔵の声でした。
どうやら、元の時代に戻って来れたようです。しかし時間はあれからあまり経過していないようでした。
酒井はトイレから出て来るなり、堀川に聞きました。
「ねぇ、先生のお母さんて、今家にいる?」
「え?俺の母ちゃん?なんで?」
堀川が不思議そうに眉を寄せました。
「ちょっと個人的に用があって。会わせてくれない?」
「ああ、別にいいけど…」
堀川はさっそく母を連れて来ました。
「母ちゃん、俺の教え子が、母ちゃんに会いたいって言うんだけど」
「ほう?誰じゃ?」
酒井は堀川の母の傍に行き、名を名乗りました。
酒井の顔を見た途端、母は怪訝そうに首を傾げ、それからおずおずとこう聞きました。
「あのう、お嬢さん…。失礼なことをお聞きしますが、前にどこかでお会いしませんでしたかのう?」
「えーと…」
酒井は口ごもりながら、
「勘違いじゃありませんか?」
と適当に誤魔化しました。
「それより、お母さんに見て頂きたいものがあるんです」
そう言って、酒井はよぼよぼになった堀川の母を庭へ連れて行きました。
「ちょっと待っていてください」
酒井は花壇の前にしゃがみこみ、「ええっと、確かこの辺だったかな〜」と呟きながら、土を掘り返し始めました。
「あった!」
酒井は土まみれのジャム瓶を拾い上げ、喜々として叫びました。
瓶の中には、小さく折りたたまれた紙が入っています。
酒井は瓶の中からその紙を取り出し、堀川の母の手に渡しました。
「お母さん、堀川先生が隠した算数のテストです」
「なんじゃと?」
母は紙を広げ、素早く中身に目を走らせました。
その表情が、みるみるうちに変わっていきます。
「こりゃー!権蔵ー!」
母の怒声に驚き、堀川が庭にやってきました。
「どうしたの、母ちゃん?」
「このテストは何なんだい?」
「え?」
突き付けられた答案を目にし、堀川は仰天しました。
「ゲッ!なんでこんなものがここに?」
「まったく!教師がこんな悪い点を取って!」
「いや、これはその…」
「言い訳は無用じゃ!」
母は堀川の耳を引っ張り、家の中へと連れて行きました。
「いてててて…!やめてよ、ママ〜!」
「だっせ〜」と酒井は密かに呟きました。
――END――
作品名:トイレの水を流したら… 作家名:王里空子