トイレの水を流したら…
「やっぱ知らないか。じゃ、いいや」
「なんだよ。気になるじゃんか」
「私を今夜あんたの家に泊めてくれたら教えてあげてもいいよ」
「ちぇっ!わかったよ」
ゴンちゃんは酒井を家に泊めてやることにした。
第三話 お泊り
「ここが僕の家だよ」
そう言って、ゴンちゃんはとある一軒家の前で立ち止まりました。
そこは、酒井が先ほどお邪魔した、堀川権蔵の家に間違いありませんでした。
「ふ〜ん、子供の頃から住んでたんだ。どうりでボロ屋なわけだ」と酒井は偉そうに文句を言いました。
「そういうてめーの家はどうなんだよ」とゴンちゃんは言い返しました。
「私の家は豪邸だよ」と酒井は平然と答えましたが、実際ボロアパートに住んでいるのでした。
すると、玄関から女の人が出て来ました。
「あっ、ママ!」とゴンちゃんが叫びました。
「ゴンちゃん、その人誰??」
お母さんは訝しそうに酒井を見ました。
「さかいまゆりっていうんだって」とゴンちゃんは説明しはじめました。
「あら」とゴンちゃんのお母さんは目を丸くしました。
「男の人かと思った」と、何気に失礼なことを言っていました。
「ねぇ、ゴンちゃん」と、酒井はひとつ気になってゴンちゃんに聞きました。
「あんた、ママとか呼んでるけど、今いくつなの?」
「11歳だよ」
「ふーん。そのわりにチビだね」
「うるせぇ、デカ!お前がでかすぎんだよ!バーカ!」
「ゴンちゃん!なんなの、その言葉遣いは!」
母はゴンちゃんの耳を引っ張りました。
「痛てててて…やめてよ〜ママ〜!」
「だっせー」と酒井は呟きました。
少し場が落ち着いたところで、酒井は切り出しました。
「というわけで、私、今夜ここに泊らせてもらいますから」
しかしゴンちゃんママは困ったように眉を寄せ、
「だけど、泊る部屋がないわ」
「あるよ!」
ゴンちゃんが叫びました。
「え?どこ?」
ママが尋ねます。
するとゴンちゃんは得意げに、
「トイレ!」
と答えました。
「は?!誰がトイレで寝るか!つーかどうやって寝るんだよ!」
酒井が怒ります。
「便座に座って寝ればいーじゃんか」
ゴンちゃんが笑いながら答えます。
「やだよ!廊下で寝た方がよっぽどマシ!」
酒井が文句を言うと、
「じゃ、そうしなさい」
と、ゴンちゃんママがにっこり笑って言いました。
「わかったよ。そうする」
酒井は渋々頷きました。
その夜、酒井は中々寝付けませんでした。
「私、これからどーなっちゃうんだろう?」
と、玄関マットの上で寝ながら考えていると、突然二階から寝ぼけ顔のゴンちゃんが降りて来ました。
ゴンちゃんはそのまま、「トイレ…トイレ…」と呟きながら、トイレに入って行きました。
それから、およそ十秒後のことです。
「わぁぁああああ!」
トイレの中から、ゴンちゃんの悲鳴が響いてきました。
びっくりして酒井が様子を見に行くと、下半身丸だしのゴンちゃんが見事にケツから便器にはまっていました。どうやら便座を上に上げた状態のまま便器に座ってしまったようです。
第四話 ゴンちゃん、抜けない?!
ゴンちゃんが便器にはまってしまったのは、夜中の十二時頃のことでした。
「あはははは!」
便器にはまっているゴンちゃんを見て、酒井は爆笑しました。
「バッカじゃないの、あんた!」
「うえ〜ん、うえ〜ん」
ゴンちゃんはしくしく泣いています。
「とっとと出たら?」と酒井。
「抜けないんだよ〜!」
それを聞いて、酒井はさらに爆笑しました。
「笑うなよ〜!この一大事に!」
「マジうける〜!朝までそこにいれば?」
「なんだよ、そんな酷い言い方ないだろ!」
「は?私にトイレで一夜を過ごせとか言っておいて、自分のことはいいわけ?」
「いいんだよ!」
するとその時、二階からゴンちゃんママが降りてきました。
「うるさいわねぇ。なんなのよ〜」
ゴンちゃんのみじめな姿を目にしたとたん、母は大爆笑しました。
「何やってんのよ、ゴンちゃん。抜けないの?」
「うん」
さらに笑いました。
「どいつもこいつも僕のこと笑い物にしやがって!」
ゴンちゃんは激怒しました。
ようやく酒井とゴンちゃんママは笑うのをやめ、ゴンちゃんの救出を始めました。
「うんとこしょ、どっこいしょ!」
二人で力を合わせて引っ張りましたが、ゴンちゃんは抜けません。
「早くここから出してよ〜!」
半泣きでゴンちゃんが叫びます。
「わかった、わかった」
そう言って、母はどこからかロープを持ってきました。
「な、な、な…何するんだよぉ」
不安げな表情のゴンちゃん。
母はロープの先端をゴンちゃんの胴体に結び付け、反対側を持って酒井と共に引っ張りました。
「うんとこしょ、どっこいしょ!」
「痛てぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
ゴンちゃんは抜けませんでした。
とうとう二人は諦めて、
「こうなったら、救急車を呼ぶしかないわね」
と、電話をかけに行きました。
「最初からそうしろよ」
ゴンちゃんは一人トイレで呟きました。
それからおよそ三十分後、救急車が到着し、ようやくゴンちゃんは便器の中から救出されたのでした。
「ああ、よかった」
便器から抜け出すことができたゴンちゃんは、ホッと安堵の笑顔を浮かべました。
笑うと堀川そっくりだと酒井は思いました。と言っても、本人なのでそっくりでも不思議はありません。
酒井が眠り始めたのは、三時ごろのことでした。
「おーい、酒井ー!!」
ゴンちゃんの大声で、酒井は目を覚ましました。
時計を見ると、五時でした。
「なんだよ、まだ朝の五時じゃん。もう少し寝かせてよ〜」
「バーカ。夕方の五時だよ。お前起きんの遅っせぇんだよ」
「悪かったね」
「ところでさ、実はお願いがあるんだ」
ゴンちゃんは背中の後ろから何やら一枚の用紙を取り出し、それを酒井に突き出しました。
「実は今日、算数のテストが返ってきたんだ。10点だった。あ、100点満点中の10点な。で、ママに見つかるとヤバいんだ。だからどっか見つからない場所に捨ててきてくんね?」
「は?なんで私が…」
「俺はこれから見たいテレビがあるんだよ。お前、どうせ暇なんだろ?」
「ふん。暇で悪かったね」
酒井はゴンちゃんの手からテストの用紙をひったくり、面倒くさそうに部屋を出て行きました。
「10点とかマジだっせ〜」
そう呟きながら、酒井はテストを庭の花壇に埋めました。
第五話 酒井、再びタイムスリップ
「トイレ、トイレ」
と言いながら、酒井はトイレに駆けこみました(ゴンちゃんの家のトイレ)。
ジャーと水を流し、いつものように便器の傍に屈みこんで水が流れるのを見つめていました。
すると突然、酒井は便器の中に引きつけられました。
「わ〜!なんだこりゃ〜!!」
そのまま便器の中に吸い込まれてしまいました。
どのくらいの時間が経ったのでしょう。気がつくと、酒井は便座に座っていました。ズボンは穿いたままです。
すると突然、ドンドンと扉をノックされました。
作品名:トイレの水を流したら… 作家名:王里空子