赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま 56~60
朝からギラギラした太陽が、容赦なく照りつけている。
稜線上の登山道には初夏の暖かさが、充分に立ち込めている。
避難小屋のヒゲの管理人に別れを告げた2人が、本来の登山道から、
ヒメサユリの群落へ向かうための脇道へすすむ。
脇道といっても、登山道として整備されたものではない。
登山者たちによって踏み固められた、草のあいだをすすんでいく
花畑への小道だ。
「ヒメサユリ街道などという、洒落た名前がついています。
実際は、広大なヒメサユリの群生地へ寄り道するため、おおぜいの
登山者たちが、勝手に踏み固めてしまった枝道です。
群生地といっても、まとまって咲いているわけではありません。
広大な斜面に、好き勝手に、あちこちに咲いているだけです。
花ばかりに気を取られていると、同じような景色ばかりが続いていますから
迷子になってしまうこともあります。
綺麗な花には、トゲも落とし穴もあるんだよ、清子。
ほらこれ。迷子にならないよう、おまじないをしていきましょう」
恭子がポケットから、オレンジ色のテープを取り出す。
目印として使用する、「マーキングテープ」だ。
「たまが雨がふるかもしれないと、予測しています。
念のためです。帰り道を間違えないように、ところどころに
目印をつけていこう。
ほら清子。ヒメサユリの茎だけが、前方に見えてきた」
「ヒメサユリの茎だけが見えてきた?。
あら、本当だ。
茎はありますが、先端に、お花がひとつもついていませんねぇ・・・・
一体どうしたことでしょう。無い。ナイ!。
本当にお花が、ひとつも無い!」
「お~い。お姉ちゃん達。ヒメサユリの花の見学かい?。
このあたりの花は、カモシカに食われてほとんど全滅だ。
その先の『語らいの丘』を下ったあたりなら、ぼちぼち咲きはじめている。
大雪の年は餌が不足するため、腹を空かしたカモシカたちが
ヒメサユリの花の新芽を食っちまうんだ。
そういうわけだ。
花を見るなら、気をつけて下っていけよ」
「あら。ご親切にどうも。
そういうあなたたちは、ここで何をしていらっしゃるのですか?」
「ヒメサユリ街道の草刈りだ。
花の時期になると、稜線上の登山道より、こっちの脇道を歩く人の方が
多くなる。
飯豊連山の登山の本番は、梅雨が明けた7月の末からだ。
本格的な夏登山の前に、こうして、登山道の整備をしているのさ」
「それは、それは、ご苦労様です。
では、教えていただいた語らいの丘まで、行ってきたいと思います。
おじさまたちも、お仕事を頑張ってください。
では、ごきげんよう。さようなら!」
「おう。ごきげんよう。
気をつけて行けよ。ヒメサユリよりも綺麗な、2人の別嬪さんたち!」
(61)へつづく
作品名:赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま 56~60 作家名:落合順平