慈雨と甘雨 7
おうは一気に話した。その勢いからどうも長い間話をしていなかったような感じを受けた。溜まりに溜まった言葉が意味を考えずにすらすらと出てくる。あのおうの言葉ではそういうことはできない。単語と単語の間を空けないと意味が伝わりにくい。
「それはいつのことですか」
おうは考え込み、五日前のことだと言った。どうも整合性が合わない。彼が家を出て、そして次男蟻が家を出た。昼と夜を何度か繰り返したが、さすがにまだ五日は経っていない。
「それにしても旅蟻さんよ、あんたも大変だったな。一昨日のあの大雪、凍え死にそうになったよな。おれんとこの家も雪でつぶされてぺしゃんこさ。まったく、大変だ大変だ」
次男蟻は動かずに昨日までに起きたことを思い出した。雪が地面に降り積もるほどの風景、白く、綺麗でそれでいて悲惨なものを含む風景をみた記憶がない。夕焼けの広がりと星空の下での不思議な透明なもの。そういう冬らしくない記憶の風景があった。今も冬らしくない晴天かつ、気温で、地面は乾いている。
「おい、大丈夫かい」
おうが次男蟻の目の前でおかしな顔をしたが次男蟻はそれを見て笑えるほど余裕がなかった。
「なんてこった。ということはだ、あんたはあの大雪を覚えていないのか。ありゃあ酷かった。この地域も少しは雪が降るが、あんなに降ったのは初めてだ」
おうが枝を器用にすり抜けながら進む後ろをつけるように次男蟻は進んだ。単純にこの付近に慣れているからだろうが、枝がおうを避けて生えているように見えるほどおうは見事に進んでいた。彼が進んだ方向への安全な道を教えてやるというおうの言葉を真に受けて、会ったばかりのおうを完全に信頼し、ついていく。おうの後ろ姿は逞しく、どこか彼の姿が重なって見えた。