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慈雨と甘雨 6

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 オレンジ色が濃くなるにつれ、次男蟻は目線を上に向けて歩くようになった。同時に太陽が作る空模様の変化を見ていた。うみの青に限りなく近い空にぽつんと浮かんでいた昼間は、太陽の光はその円のほんの少しだけにとどまり、その強い光が目に入ることを嫌がり、暑い暑いと愚痴をこぼすことがよくあった。今は冬だから昼間の暖かな光は冬場の思わぬ御馳走のように喜び、いるかもわからない神に感謝する。その太陽が青い空から主役の座を奪い、一面の青空を強引にオレンジ色に染め、染まるのを拒否する雲は輪郭から攻めていき、元の白い雲という表現を奪い、オレンジ色の雲に強制的に変えていた。それを背景に得意げに飛ぶ鳥すらも太陽のオレンジ色に後ろから照らされ、自らの体の色を僅かながら変化させている。夕焼けの下で太陽がかなり激しい主張を繰り広げていた。
 そういう太陽の独壇場を見ながら黒い大地を進んでいると奥に何か、何かが見えた。その何かも夕焼けに透過されたように色が少し変化していたが、その黄色い色は侵食されてもきちんと色を出していた。その何かの風景には次男蟻がしっかりと記憶している木や夕焼け空もちゃんとあった。そういう記憶にありそうな風景にぽつんと強い色を出す物体に向かってオレンジ色の橋の上を歩いた。夕焼けの強い光が視界をぼやかせ、進む意味をかんがえることを無意味なことにしていくようで、一歩進むごとに次男蟻の目から目的が消えていく。


黒い大地の終わりの境界線は草とのものだった。白い大地は辺りには見当たらず、次男蟻の体より大きな草が覆いかぶさるように境界線から生えている。生え際は確かに草のところで、だらんと垂れ下がった草の先端が次男蟻の頭にちょんちょんと触れるたびにその先を見ては、夕焼けの色に目をやられる。
 日常的な草への進出は何とも容易く、黒い大地への惜しみや、幻想的なオレンジの橋を振り返ることはなく、草を掻き分け、刺さる草の先端を避けながら黄色いあれがあった方角へ進む。途中、石ではない、硬い何かが無数に行く手を阻み、その度に違う草を掻き分け進路を変えた。その石をよく見ると黄色や赤、青、緑といったとても現実にはないような鮮やかな一色だった。その色にも夕焼けの光が透過しているが、反射しているのか、吸収して無効化しているのか、その一色はまったく揺れることなく、次男蟻は知覚した。そこに書かれた記号か、文字か、それは全く知らないもので、ほんの少し違う草の香りや土の湿り具合もその文字のように知らないものだった。その文字の中に雨か露で濡れて滲んだのか、確信は持てないが、確かに読めるものがあった。その文字の跳ねや止めがどこか彼のものに見えるのは、彼しかこの世界にはいないということからくる思い込みなのかもしれない。
 
 多彩な石を六つほど見た後、その石は現れることなく、代わりに同じ草が続いた。頭上まで広がる草の間から見える夕焼けは橋の上で見た幻想的なものから、世界の終末を表すかのように変化していた。雲はオレンジ色から黒い輪郭を持ち始めていた。
 弱くなってきた夕焼けの光が草の色を緩やかに落としていく。その変化は草を掻き分けるたびに速度を増すようで、永遠に続くかのように感動をもたらしそうな幻想的な夕焼けの終わりは加速度的に進んでいく。

 次男蟻は見たことのない草を見つけた。例のごとく、道を作るために草を掻き分けていると、背中の火傷に何かが強く触れ、忘れかけていた火傷の痛みを思い出した。皮膚の下を虫が走る感覚がまたやってきた。血管の拍動が自分のものではないように強くなり、リズムよく痛みの強弱が訪れる。延々と痛みが続くことはない。
 ゆっくりと後ろを振り返ると、草以外には何もない。夕焼けが背中に刺さり、体内の虫を串刺しにしたのか、爛れた皮膚の下で血が充満していく感覚に陥った。
 後ろを振り返る。何もない。
 次男蟻は焦った。何か見えない硬いものが自分の背中を刺激している。その硬いものは、自分の背中に触れると、草のようにぐにゃっと曲がり、その力を流すように弱めるが、一定のところでぐっと硬くなり、爛れた背中の皮膚を剥がすほどの硬く、鋭いものへと変わる。この一帯にはそれがある。草に紛れてそいつが次男蟻の背中を痛めつけていた。緑色した草に紛れるものが見当たらない。同じような色形をしたものだと次男蟻は背中にその硬い何かをぶつけたままゆっくり手を背中側にまわした。すると、草の感触ではない、これまで触ったことのない物体がそこにあった。同時に夕焼けの最期の一つ光が目の前の何もないと思っていた空間にオレンジ色を見せた。反射のように見えた。
 しかし、夕焼けは終わりを迎えたようで、太陽の光がさっと幕を引き、急速に増していた暗闇がいきなり登場してきた。その暗い光もそれに反射し、色を変えた。草はかろうじて自身の緑を残しているが、それはまったく暗かった。
 ゆっくりと背中側に回した手を前に戻し、目の前のそれを撫でた。ゆっくり、慎重に。もしかしたら、それには毒があるかもしれない。赤い花のように。動作の速さに関係なく毒は体を回るが、そういうことではなかった。
 それはたしかに硬かった。しかし、その硬さは石や木のそれではなく、もっと心もとない硬さで、次男蟻の小さな手ですらちゃんと曲がった。しかし、草のように、葉のようにしなやかではない、適度な反発がそれにはあった。そして次男蟻がそれをぐにゃぐにゃ曲げるたびに夕焼けの残像や完璧な暗闇がそれに映った。それの先端は草のように尖っていて、つんっと触ると確かに痛かった。なるべく動かさずにいるので、背中に当たっているそれからの刺激はない。
 それはどうやら透明で、色がころころ変わるのは周りの色がそれだけ多様に入れ替わっているというわけだった。次男蟻は背中をゆっくり動かし、何とか背中側のそれから離れ、二つ並んだそれを眺められる位置に座った。沈んだ太陽の光が背中の痛みを癒してくれそうな気がした。微かに残る黒い大地からの風と同じように。
 
作品名:慈雨と甘雨 6 作家名:晴(ハル)