小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

慈雨と甘雨 3

INDEX|2ページ/2ページ|

前のページ
 

次男蟻は最後に図書館に行こうかとも思ったが、準備が進んでいる食堂を横切って、上へと続く階段を上るのはかなりリスクが伴うと思い、螺旋階段だけを使い、玄関に向かった。その間、数匹の蟻たちの姿を見たが、皆冬迎祭の準備に夢中で、次男蟻の姿は記憶にも残らないだろう。しかし、玄関付近には六匹の大人蟻が酒をのみながら談笑していたため、螺旋階段の後ろにある勝手口から外に出ることにした。普段は閉まっているのだが、今日はなぜか開いていた。なんとか南京錠をこじ開けようと持ってきた針金は使わずにすんだ。
静かに扉を開け、外の冷たい空気を感じて他の蟻がこちらを向かないうちにさっと外に出た。暖かい空気が冷たい外の空気と交じり見えない渦が作られる。

外に出て扉を閉めると月明かりがかなり強く降り注いだ。門出を祝うかのようなその光を体いっぱいに浴びるその体験はこれまでにはなかった。
驚いたことに少し向こうにツヒがいた。月明かりが地面の草を照らしてはその光を反射させツヒを照らしているようだった。
「どうしてここにいるんだ」
「あなたがそろそろ行くんじゃないかと思ったもので。案の定やってきて驚いています」
「僕も驚いている。君はどうやって外に出たんだ」
そういって開けられた南京錠を思い出した。正しい鍵で開けられたように一切傷がなかった南京錠はおそらくツヒが開けたのだ。
「言わなくてもわかっていると思いますが、まあ、そんなことはどうでもいいです。」
そういってツヒは次男蟻に一冊の本を見せた。分厚い、次男蟻が以前読んだネズミが台所から旅に出る本だった。
「たまたまこの本を読んでいて、図書館で読んでは戻して、を繰り返していたんですが、一時本が無くなったんです。次の日、あなたが本を戻している様子を見ました」
そういってツヒは本に挟んでいたしおりを月明りに照らした。
「この中のネズミはおそらくこの家の蟻を比喩していると僕は思っています。親ネズミが外に出てはいけないと口酸っぱく言うシーン、赤い花のことを思い出しました。皆、赤い花の毒とその向こうの天敵を恐れて外に出ない。でも、僕は外には天敵などいないし、赤い花は毒を持っていないんじゃないかと思ったんです。この本の中で台所の向こうにはクルマという生き物がものすごい速さで走っているのですが、それに踏まれて死んでしまうネズミの最期がどうも作り話に思えて仕方ないんです。きっと赤い花も誰かが作った空想なんです」
「だから向こう側には何かが隠されている。僕はそれを見たい」
そういって本を草の中に捨てた。
「長男蟻はおそらくそれを見つけたんです。長男蟻が迷子になったときに。でも、長男蟻はそれを誰にも話さなかった。さらに誰もどこに行っていたのか、詳しく聞こうともしなかった。大人蟻は何かを隠している」
ツヒはかなり興奮していた。目の中に映る自分の姿はきっと見えていない。
「長男蟻がまたいなくなったと聞いて、ヒュウさんがひどく心配していたんですが、それは長男蟻の身の安否というより、外の何かがばれることを心配しているに違いないと確信しました。そして長男蟻は出ていく前にあなたと会っている。あなただけと。僕はあなたも何か知っていると踏んでいるんです」
ツヒはそういって次男蟻を強く見てきた。その目の様子は睨むといってもいかもしれない。
「それで、僕が今夜外に出ていくと思ったのか」
「少し間が飛んでいますが、そういうことです。あなたは博識だ。知らないものに興味を抱いて外に一人で出ていくに違いない」
ツヒのいうことは大方合っているが、次男蟻の理由の確信からは外れている。その微妙な差異を細やかに話してもいいが、そうする必要はない。
「君がどう思おうが、僕には関係ない。僕はこれから外に向かう。君はそれを邪魔するのか?」
「邪魔なんかしません。あなたと僕は外に行きたい」
「つまりついてくるということか」
「そういうことです」
次男蟻はツヒとの旅を軽く想像した。本にしてもいいような、想像つかない事象が次々と頭に現れるが、その中でツヒの存在がかなり邪魔におもえた。未知なものにいちいち反応し、次男蟻の目的であるうみにたどり着くのがかなり遅れるのが想像できた。
「一つ、教えてやるよ。あの花には確かに毒がある。それもかなり強力な、ね。大人蟻が近づくなと言っていることにはちゃんと根拠がある」
どうやって確かめたんだと聞いてきたツヒに、長男蟻が帰ってきたら芋虫はどんなやつだと聞いてみるといいと言い残し、月が昇っている方向に向かって、歩いて行った。ツヒはついては来なかった。
作品名:慈雨と甘雨 3 作家名:晴(ハル)