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STEP ONE(雷華シリーズ)

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「冗談…」
「冗談だったら楽だよな俺も。マジにそう思ってっから言いにくいんだよ」
「嘘でしょ。だって、別に似てないじゃん」

 マジ、全然似てない。
 大体、兄弟だったらもう少しなんかあるだろ。
 そりゃあ、勿論、出会った瞬間に、兄さんっっ、弟よーっっとか電撃的にあると思うわけじゃないけど。
 …それ、あったら凄いよな。
 ジャ、ジャーン、とか効果音が欲しいくらい。

「や、本人は分かりづらいだろうけどさ、俺なんかから見ると似てるかなって思う瞬間あるよ」

 そうかあっ?
 だったら、俺の身長ももう少し伸びていてもいいんじゃないの? まだ、成長期のつもりだけど、それにしたって身長差って一五センチはあるぞ。
 勿論、まだ伸びる予定なんだけどっ。

「…それ、あんまり関係ない」

 真矢が嫌そうに顔をしかめた。
 …別にからかっているわけじゃないんだけどさ、なんかちょっと、マジに聞けないっていう…。

「で、でもさ、それなら、優吾の父親に聞けばいいじゃん。別れた嫁サンの名前くらい分かるだろ」
「いや、大体、優吾ってあんまり親父さんと仲良くないんだよね。それに、昔から離婚した奥さんの話なんか出ると機嫌悪くなる人みたいで。…もう、俺、本当 にこんな話したくないんだよぉ」

 バンド関係でも見た事ない様な困った顔をして、真矢がつぶやく。
 た、確かに。
 俺だったら投げ出すもんな、こんな話。
 やりにくいとは思うよ、俺だって。
 兄貴ぃ?
 居たのは知ってるんだけどなぁ。
 なんせ三歳の頃に離れているから、俺は名前も分からない。何歳か年上の兄貴が居たってのは確かだけど、母親も『お兄ちゃん』としか言わないし、あんまり 聞くのも変な感じだったから今までバカ親が何となく口にする時にしか聞いてないし。
 別にタブーな話じゃないけど、あんなバカ親でも子供を置いて来てしまった罪悪感とかあるみたいだから聞きにくい話題ではあったし。
 俺は昔の俺の名前も覚えていない。
 だって、父親の顔も兄貴の顔も覚えていないくらいだから。

「あの、じゃあ、優吾は弟の名前くらい覚えているんだろ?」
「…だから、疑ってんだよ。タクミってのは覚えてんだよ、アイツ。漢字は分からないらしいけど。名前が合ってて、しかも、その環境まで合ってんなら…そう なんじゃないの」

 あ、なんか投げやり。
 もっと親身になってくれよぅ。
 だって、なんか凄い事じゃん?
 やっぱり、ジャ、ジャーンッッ。
 うはははははははははは。
 わ、笑うしかないっての?
 …笑い事でもないんだよなぁ。
 何か今まで楽しいって思える事ばっかり勝手にやって来たから真面目な話って照れるし疲れる。それに、出会うってなんか凄い事なんだけど、凄い今さらだ。
 だって、お互い、兄弟って育って来たわけじゃないんだから、急に兄弟って言っても。
 今さらだろ、やっぱり。
 最初から分かっていればまだ何かあっただろうけどさ、今さらだよ。
 どうしようかな、とか思っていたらガチャン、とかドアが開く音がして、いつも通りでっかい図体した優吾が入って来た。
 真矢の家のはずなんだけど、当り前みたいに入って来たな。
 こいつらってやっぱり仲いいんだ。

「ちーっす」

 優吾は俺の目の前にどっかと腰を下ろしたけど何を言うわけでもなく黙っている。勿論、俺も何を言えばいいのかなんて分からないから沈黙したままだし、男 三人で黙って座っているだけってのも変な感じだった。

「…多分、当り。卓弥、生まれは北海道だってよ」
「ああ」
「ああ、じゃないよ。アンタが話さないと卓弥も困るでしょうが。俺、酒買ってくるから、何か話してろよな」

 真矢はそう言うとさっき優吾が入って来たばっかりのドアを開けて出て行った。
 置いていかれたってっ…。
 何分経ったのか分からないくらいに優吾がぼそっと言った。

「…オフクロさん、元気?」
「無駄に元気。会う?」
「いや、まだいいわ。元気ならそれでいいし」

 優吾はやっぱり何だか困ったような顔をしていた。多分、俺も似たような表情なんだろうな、と思う。

「親父さんは?」
「最近、会ってないけど、元気だと思うぜ。俺、奴とあんまり会わないからさ。お前、会いたいなら連絡くらいつくぜ?」
「や、俺もまだいいや。今混乱してるし、どんな人かも分からないし」

 俺達はバンドで話している時より話さない。多分、お互いに混乱しているから話せないんだと思う。俺自身何を言えばいいのか、何か聞きたい事があるのかさ え分からないから。
 親父っていう物に興味が無いわけじゃない。それどころか、凄く興味はあるんだ。でも、覚悟が無い。チビの頃から自分にはいないんだって思いながら生きて 来たから。小さい頃は、元からいないんだって思い込む事で自分を誤魔化して来たんだし。
 いる、と言われても、分からない。
 馬鹿母は、結構、今までに彼氏がいたりした。
 俺の父親になるって言った奴もいた。
 母親に彼氏がいたり、母親にダンナができるのは、俺は構わなかったけど、俺の父親になるって言われたら不快だったりした。
 俺にとって、父親ってそれくらいの理想だった。
 兄貴っていうのも、同じ。
 チビの頃、兄貴がいたんだって事を俺は多分どこかではっきり認識していて、求めていたんだって思う。
 自分より幾つか年上の人間に懐き易い俺の性格ってその辺にあるんだろうから。
 それくらいは大分前から認識していた。
 自分で分かっていた。

「…あんま、考えなくていいぜ? 困るだろ、急に言われても」

 ちょっと、笑った顔で、言うから。
 優吾にそう言われて、ムカッとした。だったら何で言ったんだよ。何も無かった事にするくらいなら言わなくてもいい事だろ。

「俺は記憶あるけど、お前は殆ど無いんじゃねぇの? 仕方ないじゃん、それは。兄弟なんですよ、ああそうか、俺達は兄弟だーっって訳にはいかないだろ」
「何で? 優吾はそれでいい訳? その程度で済む事なんだ?」
「わからねぇよ、俺は。兄弟とかの特別な感覚って、一緒に育つうちに出来る物なのか、元から特別なのか。しばらく考えてたけど、結論なんか出ねぇ。母親 が、弟を抱いて出て行った日の事をはっきり覚えてる。置いて行かれて悲しかったり悔しかったりした事も覚えてる。でもさ、今になると、恋しいのかどうかさ え分からんのだわ」

 苦笑したままの顔で。
 そう言われて、初めてはっきり分かったのが、俺には父親がいなかったけど、優吾には母親がいなかったって事だ。当然なんだけど、頭では理解していたけ ど、はっきり分かっていなかった。
 優吾がいつも、どっしり構えて、覚悟決めたドラム叩くから。全部、大した事じゃねぇんだよって鳴らすから。
 あれって、音がしているんじゃなくって、鳴っているんだと思う。ギターでもそうだけど、鳴らすのって難しいから。例えどれだけテクニックがあったって、 それだけでは鳴らない。

「俺も、わかんねぇや。俺、兄貴とか親父がいたんだなって事くらいは覚えてんだ。でも、それ以上大した記憶ってねぇから」
「三歳じゃ、当然だよな」
「でも、こんな話して実は違ったら最悪だよな」