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臆病なシンデレラ~アラサー女子。私の彼氏は17歳~

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 ひと言だけ言うと、早苗の手をギュッと?んで保育士に挨拶もせずに園舎を出た。
 その後、成人式を迎えるのを機に、父には一度だけ逢った。父は振り袖姿の早苗と二人で家族写真を撮りたいと望んだが、早苗はきっぱりと辞退した。
―あなたと私は家族ではありませんから。
 この人と自分が家族であったことなど、一度だってあるはずもなかった。まだ五歳の幼子を棄てたその瞬間から、眼前の男は父親ではなくなった。
 父とはファミレスでコーヒーを呑んだだけで別れた。一時間足らずの十五年ぶりの再会だった。ファミレスを出た先に、三十代後半ほどの女性と、女性によく似た三人の子どもたちがいた。
―妻と子どもたちだ。早苗にとっては弟妹になる。一度、紹介したかった。
 父は当然のように言った。早苗は彼等を無表情に見つめると、踵を返し逆方向に歩き始めた。
 かつて父と呼んだ男にとって、?家族?はあの女性と三人の子どもたちしかいない。母に養育費をただの一度さえ渡さず、知らん顔を通してきた男を早苗は初めて憎んだ。
 早苗にとって家族と呼べるのは最早、母しかいなかった。
 だからといって、母が早苗にとって慈しみ深い母であったかといえば、お世辞にも言えなかったに違いない。
 近くのスーパーのレジ打ちだけでは子どもを育てるのは難しく、直に母は夜の仕事―いわゆるキャバクラ勤めを始めた。そこで、母は一人の男と出会った。それが、今の義父である。高岡圭輔という母よりは六歳年下の男だ。
 当時、母は二十七歳、圭輔は二十一歳の大学生だった。圭輔はバーテンダーとしてそのキャバクラでバイトしていたのだ。圭輔には中学時代から付き合ってきて結婚を約束した彼女もいた。
 しかし、母が予期せぬ妊娠をし、圭輔は彼女と別れ、母と入籍した。公務員と教師をしていた圭輔の両親からは勘当されたという。そうして、早苗には再び義理の父ができた。父親といっても、十五歳しか違わない若い父親である。
 圭輔は悪い人ではなかった。結局、大学も中退してキャバクラで仕事をするようになり、今ではベテランのバーテンダーとなっている。義理の娘となった早苗にもそれなりに気を遣ってくれたと思う。
 それでも、疎外感は否めなかった。?家族?なのは、圭輔と母、それに七歳違いで生まれた妹の香奈子の三人で、所詮自分だけはよそ者。そういう意識がずっと付いて回っていた。
 圭輔と結婚してから、母は夜の仕事は辞め、昼間のパートだけになった。圭輔は若くても、妻に水商売の仕事をさせるような男ではなかった。その辺り、八年付き合った彼女を棄ててまで妊娠した母を選んだことからも義理堅い男であることは判る。
 けれど―。早苗は思うのだ。母は明らかに父を憎悪していた。どころか、幼い早苗の前で父を人でなしだと言った。
 早苗もそれを否定するつもりはない。向こうの女も妊娠してしまい、こちらにも子どもがいる。どちらを選ぶかを父は秤にかけたはだ。結果、母と早苗を棄てた。
 男にとって苦渋の選択ではあったはずだが、そもそも節度ある人なら、妻子ある身でよその女に手を出さないし、ましてや妊娠させるような愚かな行為もしない。
 母は何度も言った。
―あの人を奪った女を恨むわ。
 だが、現実はどうなのだろう。母だって、結局は?あの女?と同じことをしたのではないか。圭輔には八年も付き合った彼女がいて、結婚の約束までした。その彼女とどこまで関係があったのか知らないが、少なくとも、二十一歳になるまで彼女は妊娠していない。圭輔は節度を守る男であったともいえる。
 恋人から圭輔を奪った母に、父の現在の妻をおとしめる資格はない。母ははっきりと言ったのだから。
―圭輔は知らないわ。私、妊娠できそうな時期だと自覚があったから、わざと圭輔を誘ったのよ。妊娠してしまえば、若い癖に義理堅い男だから、結婚できると思ったの。
 果たして、母の目論見はまんまと成功した。
 父の妻に母のよう野望があったかどうかは知れない。二十歳の時、ひとめ見ただけの父の妻は大人しそうな女性だった。メークもファッションも派手好きな母とは正反対のタイプに見えた。恐らく父は元々は、あのようなタイプが好みであったのだろう。
 何故、真逆の両親が結婚したのかがそもそも謎だ。よもや母が父との結婚に際しても、圭輔のときと同じような手を使ったとは流石に早苗も考えたくなかった。
 そんな母は圭輔との間に生まれた妹を溺愛した。たいそうな難産になり帝王切開で生まれ、母はこの後、子どもを産むことはできなくなった。その気持ちは同じ女として理解できなくもない。にしても、母の香奈子に対する愛情は少し常軌を逸していた。
 確かに地味な容貌の早苗と異なり、香奈子は可愛かった。圭輔も今風のイケメンだし、香奈子は圭輔にも、華やかな美人の母にも似ている。大きな眼が印象的で、母がきまぐれで応募した赤ちゃん雑誌の表紙モデルに起用されたこともある。
 しかし、香奈子には、良かったのかどうか。以後、母は香奈子を子役タレントにするという夢に取り憑かれ、圭輔が稼いでくる微々たる収入ばかりか、自分のパート代も香奈子のための?出費?に充てるようになった。
 早苗も実の娘であるのに、母は放置状態で、香奈子の教育―というよりは?アイドル活動?にばかり関心を向けた。それでも、とにかく十八歳までは育てて貰った恩が母にはある。
 高校卒業を待って、早苗は家を出た。義父の圭輔は止めてくれたが、早苗は首を振った。
―済まんなぁ、俺が甲斐性なしで。早苗に父親らしいことは何一つしてやれんかった。
 圭輔は心底済まなさそうな様子だった。
―そんなことはないでしょ。お義父(とう)さんは、良くしてくれたわ。
 圭輔のなけなしのサラリーを香奈子にすべてつぎ込もうとした母を止め、それでも早苗を短大まで出してくれたのは義父のお陰だった。父と娘としての繋がりは希薄ではあったものの、七歳から十八歳まで一緒に暮らし、父親参観日にも何度か来てくれた。五歳の早苗を棄てて以来、何もしようとしてくれなかった実の父より、圭輔の方がよほど?父?に近かった。
 正直、常に早苗にどこか遠慮していたような圭輔を?父?だとも家族だとも感じたことはない。それでも、この年若い義父は継娘である早苗に対して、常に誠実であってくれた。
―お母さんをこれからもよろしくね。
 圭輔のような忍耐強く責任感ある男だから、派手好きで我が儘な母とも夫婦として連れ添えたのだ。実父が母を見限り、他の女に走った行為は許せないけれど、大人になった今なら、父の心情も幾ばくかは理解できるというものだ。
 義父には申し訳ないが、家を出るに際し、母が圭輔と再婚してから早苗も名乗っていた?高岡姓?も元の津森に戻した。もちろん、津森というのは実父の姓ではない。母の旧姓である。母は父と離婚して圭輔と再婚するまでの一年ほどを旧姓で過ごし、早苗も津森を名乗っていた。
 家を出ると同時に?高岡早苗?から?津森早苗?に戻ったのである。それは大人になって、改めて母や圭輔、妹たちとは?家族ではない?ことを態度で示したつもりだった。