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自己満足な世界

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石で作られた駅前のベンチに座ると、冷えたベンチの感触が伝わってくる。上を見上げると、もう陽は落ちていて、代わりにいくつもの電灯が点いていた。そのうちのいくつかは眩い閃光を四方八方に発射し、その閃光を見つめると視界がだんだんぼやけていくのがわかる。空気中に裸のまま放り出された閃光は空気中の冷えた成分を刺激するのか、なんとも冷めた雰囲気を醸し出している。そういう冬に私はいる。
 一年が終わる、その瞬間をどう過ごすか。人の多くがそれを考え、家に籠るための買い溜めに走ったり、富士山から見える初日の出を求めるのだ。日ごろの朝日と何ら変わらないものに、神秘的な空想を重ねることが一瞬だけ許される日が明日であり、一月の初めなのだ。
 この日はいくつもの呼び名がある。元日、年初め。そして正月というものは一月の別名だということを知ったのは去年の夏頃だっただろうか。
 そういう一月が訪れる前に、大晦日があり、
人は大晦日を迎えると、もう新年か、もう一月か、と次の日を連想するのだ。そして一年は長かった、短かった、と過去を振り返る。

 そういう大晦日に、駅前のベンチに座っているのだ。私は当然の如く、そういう思考を持っていない。明日、一月のことを思っては、強い後悔と、言いようのない期待感を抱くのだ。
 私について、何も知らない人、駅前を通り過ぎる人にはわかるはずもないことなのだ。それでも私は一月に対して、強い思いを抱いている。一月。睦月。私は睦月というものに対してかなり個人的な思いを抱いているのだ。

 椅子に座って電話越しに話をした春先。あの頃のベンチも今と同じぐらい冷たかった。それでもそこで一時間近く話し続けていた記憶は消えることはない。
 春先の記憶がどう一月、睦月に関るのか、人はわかるはずがない。文章を超越した想像力が必要となるだろう。
 大晦日は冬だ。もう手が冷えてきた。駅前のコンビニで買っておいたコーヒーを思い出し、袋から取り出すと、もう冷めていた。電灯を見上げると霞む夜空に、あの人の顔が浮かぶような気がする。一月はもうすぐそこだ。あの人にもう一度会うことはできないだろうが、睦月にはこれから先、何度でも会うことができる。
 歳をとるたびに、あと何回睦月を迎えられるだろうか、と思うのだろう。そして睦月を迎えようとする大晦日には、もう一度、もう一度、と願いながら電灯を見上げる。そういう繰り返しが大晦日の恒例になり、私はそういう年の瀬を過ごすのだろう。
 紅白が始まる、という誰かの声が風に乗ってやってきて、もう一度電灯を見上げたのち、私は椅子から立ち上がり、一言、いつかまたあなたに会える日が来ることを願っているよ、と呟く。睦月との再会まであと少し。焦ることなく待とうではないか。
 
作品名:自己満足な世界 作家名:晴(ハル)