「月ヶ瀬」 第十九話
「わしも終わりやな・・・久保君、次はおまえが村長やろ。せいぜいきばりや」
そう言い残してどこかへ去っていった。
「久保さん、やりましたね。すぐ警察に連絡しましょう」
経理担当者がその場から奈良県警に電話をした。
夕方になって駆け付けた佐藤に帳簿を手渡すと、二人はガッチリと握手を交わした。
平成16年5月18日に月ヶ瀬村御嵩地区区長久保清一に逮捕状が出た。容疑は妻由美の殺害、死体遺棄と和田保弁護士殺害ほう助及び同死体遺棄とされた。
同時に月ヶ瀬村本町会田元一にも、清一の共犯としての容疑で逮捕状が出された。
佐藤は残された遺体であろうと思われる久保由美の発見と、失踪している高木の捜索に陣頭指揮を執った。
安田初江は京都に帰った和田の妻と妹の静子に別れを告げて、久保三津夫を訪ねた。
事件が未解決のまま経過してゆく中で東京に帰る前に話がしたいと思ったのだ。
玄関先で容子が出迎えた。
「お忙しいのに時間とらせて申し訳ありません。安田初江です。旧姓岡崎初江です」
「初江さん・・・初めてと違うと思うけど覚えて無いから、一応初めましてやね」
「容子さんのことは覚えてますよ。弟の事件の後、居酒屋がどうなってんのか見に行ったことがありましたから」
「そうか、声掛けてくれたらよかったのに・・・って、無理やな、みんなの目があったしな」
「ええ、冷たい視線やったから・・・お母ちゃんもそのことで気苦労が祟って死んでしもうたし。今度のことは私が和田先生に清一さんとの親子関係を実証してもらう依頼をしたことが始まりやったから責任を痛感してます。旦那さんのお蔭で村はこれから良くなってゆくと思いますけど、心の傷はなかなか消えませんから奥様や妹の静子さんのことを思うととても辛いです」
「うちもな助かって欲しいと願ってたんやけど、ほんまに残念や。自分が殺されそうになってな、初めてその怖さ味わうから、死んだ和田さんがどないな気持ちやったやろかって考えると胸が痛むわ。初江さんも清一に悪さされて辛かったやろうに、よう勇気出して頼まはったな。感心やわ。考えたら初江さんが頼まへんかったら何も起こらへんかった。清一の悪だくみも、権力も、役所の人間関係もそのままやったやろ。」
容子の思いは初江の思いに符合した。
作品名:「月ヶ瀬」 第十九話 作家名:てっしゅう