ミチシルベ
後編
11出発
時は流れ、日本では雪が溶ける季節になった。岸場は経験に倣い、トレーニングを積み、高地で耐えられるだけの体力を付け、体重も増やした。元々体脂肪の低い身体なので、これには苦労した。高地では体力だけでなく体脂肪も空気の薄い寒い場所では生命に関わる問題になる。
岸場岳文と松沼達郎は事務所で松沼の愛娘・志織と事務所まで見送りに来た岸場の妻・恵と娘の美由希に見送られて新幹線まで向かうタクシーに乗り込んだ。生きて帰ってこれる補償の全く無い旅路。二人は必ず帰ってくることを約束して――。
* * *
成田のロビーでは、先着の市島晋作が二人の到着を待っていた。彼は二人を見つけると元気良く手を振って自分の存在を示した。
「晋作君!」
「岸場さん、松沼さん!」
集合してがっちり握手を交わしたあと互いに抱き合って再会を喜んだ。
「覚悟は、いいか?行き先は『beyond(あの世)』なんだ」
「もちろん、覚悟なんてしてないですよ」
晋作の予想外の反応に二人は驚いて彼の顔を見た。真顔で言っているが、その言葉の本当の意味は違うようだと見てわかる。
「目的は、『人に会いに行くこと』ですから」晋作は白い歯を見せた「それと、必ず生きて帰ってくるのですから」
「ははは、それだけ言えたら大丈夫だ。行こう!我々は今から運命共同体だ」
「頼みます。センセイ!」
「こちらこそ頼むぞ、相棒!」
三人を乗せた飛行機はカトマンドゥに向けて飛び立った。行き先は世界で一番高いところではない。その少し手前、かつての仲間、ミチシルベになった彼女にいるところだ――。そこが世界で一番高いところの近くにある、それだけのことだ。