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御手紙 葉
御手紙 葉
novelistID. 61622
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クリスマスプレゼントは、ここに

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「今日は早く上がれたんだよ。お前は誰かと待ち合わせか?」
「いや、せっかくだしお小遣いで目当ての本買おうかと思ってさ」
「何だよ、そんなの俺が買ってやるのによ」
「いいよ、自分で買えるんだし、クリスマスプレゼントに自分で買いたいんだよ」
「いつも本買う為に、郵便局のバイトやってたのか。いいから、これで買って来い」
 兄貴は僕に千円をもたしてくれた。本当に、僕としては頭が上がらない弟想いの兄貴である。
「兄貴、恩に着るよ。後で何かスイーツ買って帰るからさ」
「ああ。俺もそこでケーキ買って帰るから、楽しみにしてな。じゃあな」
 兄貴は指二本を重ねて額の前で振りながら、行列のできているケーキ店へと軽快な足取りで歩いていった。僕はそんな兄貴に思わず笑いながら、そのお金を大切に仕舞って、エスカレーターを上った。
 とても長いエスカレーターで、見下ろすと怖くなるのだけれど、大通りを往来する車の姿や、ごった返す人込みなどが点々と続く街路樹と共に妙にあざやかに映った。そろそろ辺りが暗くなり始め、いつの間にかイルミネーションが灯っていた。
「見てよ、あれ。すげえな」
 近くにいたカップルがエスカレーターの上で、徐々に広場のツリーが見えてくると、楽しそうな声を上げていた。僕もそれに続いてツリーを見ると、見事なクリスマスツリーがイルミネーションと共に広場に屹立していた。
 まるで都会の真ん中に立てられた、人込みの波を凌ぐ灯台のようだった。その灯台の周りにはたくさんの人々が集まり、カメラのシャッターが灯台の明かりのようにきらきらと点滅した。
 僕は広場に上がると、真っ先にその人込みに近づき、遠目からツリーを眺めていた。スマートフォンを取り出して何度も写真を撮る。広場には他にもイルミネーションが光っていて、クリスマスの装飾が至るところに散りばめられていた。
 クリスマスリースが飾られ、僕はその一つ一つを丹念に眺めていった。そして、ふとサンタの格好をした若い男女がクリスマスケーキを販売している隅の方へと視線が向いた。
 そこでは若い男女の売り子が忙しそうに動き回っていて、笑顔を振り撒きながらケーキを売っていた。僕はそこに小さなロールケーキも売られているのを見て、ここにしよう、と内心嬉しくなりながら、売り場に近づいた。
 そして、小さな列に並びながら、そのケーキを見つめていたけれど、自分の番が来て、そのロールケーキに指先を向けたところで、どこか聞き覚えのある柔らかな少女の声が聞こえてきた。
 僕はふと顔を上げて、そして、時塚からもらったワッフルの包みを落としそうになった。
「三山君じゃない。メリークリスマス」
 長いストレートの黒髪が似合う、どこか柔らかな笑顔を浮かべた少女が、僕の前に立っていた。彼女も他の売り子と変わらずにサンタの格好に身を包んでいる。彼女がそれを着ていると、サンタというより、どこかの写真会にでも現れたモデルのような気さえした。
「三山君は誰かと待ち合わせしてるの? すごく寒いけど、これから誰かとどこかに行くの?」
 彼女は少しぼそぼそとした小さな声でそう囁いてくる。元々大人しい性格で、いつも皆の輪の片隅で静かに黙って微笑んでいるような、そんな女の子だった。
「いや、ちょっとそこの本屋で買おうと思っている本があってさ」
 僕がその本屋があるビルを指差すと、彼女はどこか楽しそうに一つ、うなずいてみせた。
「私も後で自分の為に何か本を買おうかと思ってたよ。三山君は、明日の文芸部のクリスマス会、来るよね?」
「えっと、どうしようかなって思っててさ」
 明日は家でゆっくりしながら新刊を読んでいたいと思っていたのだけれど、彼女がとても楽しそうな顔で聞いてくるので、少し躊躇してしまう。
「私も行くからさ、プレゼント持って行くよ。前に三山君に勧めてた本、プレゼントで持って行くからさ」
「え……本当に?」
「明日、楽しみにしてるから」
 彼女の声が心なしか小さくなって、一層ぼそぼそと話すのを聞いて、僕は一瞬会話が頭からフェードアウトしてしまいそうになったけれど、すぐにうなずき、言った。
「じゃあ、明日僕も行くよ。僕も前に勧めてた本、必ず持って行くからさ」
「良かった。プレゼントの交換ね」
 そう言って彼女はくすくすと笑う。僕はいつも文芸部で一緒にいて、気になっていた彼女と突然ばったり会ったことよりも、彼女のその飾り気のない笑みがまた見られて、それだけで一日分のクリスマスプレゼントをもらった気がした。
「じゃあ、そのロールケーキ一つくれるかな?」
「うん。千五百円になります」
 僕は彼女から包みを受け取ると、小さく頭を下げて笑った。
「じゃあ、また明日。メリークリスマス」
「メリークリスマス!」
 いつもは小さな声で丁寧に話す彼女が、その時は本当に元気良く言ったので、僕は少し自分も元気になったような気がしながら、そっと広場を通り過ぎていく。
 エスカレーターに乗りながら、クリスマスケーキの売り場を振り返ると、彼女は小さく手を振って、すぐにまた売り子の仕事に戻ったようだった。僕はふっと微笑み、彼女の姿が遠ざかっていくのを眺めていた。
 そして、広場から出て、本屋の前に着くと、すぐにその中に入った。全てレイアウトは把握しているので、僕は特集のスペースへと寄り、先日ノーベル賞を受賞した日系人の作家の本を取った。これが僕が一番買いたいと思っていた本だった。
 僕は最後に、海外文学の棚へと歩み寄り、そこから一冊の本を手に取った。そのタイトルは、僕が小学生の時から読んできた有名なファンタジー小説のものだった。『ネバーエンディングストーリー』として、映画化もされている。
 僕は上下巻を持ってカウンターへと近づいたけれど、馴染みにしている書店の店員さんがちょうど僕の本を手に取って、「二冊目なの、これ?」と聞いてきた。
 その男性店員はとても本に詳しい若い男性で、僕の要望に必ず応えてくれる本当に僕としては助かる店員さんだった。彼は僕がこないだ自分用に買っていたのを覚えていたらしく、そう明るく聞いてくる。
「友達にお薦めでクリスマスプレゼントに買うんです」
「いいね、プレゼントに本を贈るのは。はい、メリークリスマス」
 彼はそう言って笑顔で本の入った袋を渡してくれて、僕はありがとう、と言いながら、そっと書店を出た。そこに広がる景色にはイルミネーションが煌めいていて、先程エスカレーターに乗っている時に見えた街路樹が、今では一つ一つ人々の心に火を点すクリスマスツリーとなっていた。僕は自分でも気付かないうちに笑顔になっていて、弾むように歩いていた。
 通りを行き交う人々の顔にもクリスマスの明かりが灯り、きらきらと瞬いている。それは、人々の心の炎が揺れる様子が、クリスマスの輝きに繋がっているのだと、そう思わせてくれる笑顔だった。
 僕はそんな楽しさに溢れる往来を久しぶりに散歩しながら、自宅への帰路についた。明日、クリスマス会に行ったら、彼女とどんなことを話せるのだろう、彼女からのプレゼントであるその本は、どんなストーリーなのだろう、と考えると、楽しくて頬が綻んでしまった。