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トロイメライ
トロイメライ
novelistID. 64068
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ある不動産屋の男

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「俺よお、殴られるんだよ。」
「え、どういうことですか。」
「いやあ、つまらない事で殴られるんだ。だから俺、弁護士つけてんだ。」
「犯罪じゃないですか。喧嘩ですか?」
「いやあ、ちょっとよお。」

詳しい事情は不明なものの、Yが何か厄介な事情を持ち合わせていることは確かであった。しばらく車を走らせているうちに私はその話を忘れてしまった。

「着いた、着いた。」

Yが所有している物件は、街から少し離れた道に隣接して立っていた。広い庭に車が2台無造作に停められている。ワンボックスカーとセダン車である。

堂々とそびえ立つ家も立派であった。

3階立ての白色の家である。Yが玄関を開けるとそこには、ほとんど何も置かれていない、真っ新な空間が広がっていた。部屋は一階だけで5つほどある。

なるほど、家は立派であるが、ある部屋には受験参考書が床に山積みされており、些かフローリングが汚れていた。Yが大学受験しようと考えていることは本当らしかった。

同時にYはこの家に住んでいないことも見て取れた。冷蔵庫など家具が一つもなかったからである。

「この家も売ろうと思ってるんだよ。金払うから片付けしてくんないか。」

4章 ガラ

「実をいうとよお」
Yは他に誰がいるわけでもないのに、急にひそひそと話をしはじめた。

「ここにガラが埋まってるんだよ。」
「ガラですか。」
「鉄くずのことだよ。機械使って調べてみたら、間違いないというんで掘ってみたらやっぱりでてきた。」

私は鉄くずなら重機を使ってすぐに撤去できるものと思ったのだが、Yの話では、鉄くず類の処理には200万から300万円ものお金がかかるとのことであった。採算がとれないわけである。

そして、話は複雑であった。Yの説明によると、住宅が新築の場合、物件を購入してから一定期間内であれば、住宅やその敷地内に何らかの不備が見つかった場合に、売主に買主に対して損害を補償する義務が発生する。いわゆる、瑕疵担保責任である。しかし、Yが当該物件を購入した際には、中古物件であったために免責になっているとのことであった。

ははあ、と私は思った。Yが暴力を受けているというのもこの物件の売買に携わった人物が関与しているのではないか。何らかの利害関係をもった人物であれば、Yに危害を加える可能性がある。しかし、瑕疵担保責任が免責である以上、法的には決着がついているのではないだろうか。

「鉄くずの責任は追及できないんですか。」
と私はYに質問した。
「いやあ、それがよお、法的にも黒なんだよ。相手方はここにガラがあるのを知っていて売りつけてきたんだよ。けど、追及は難しいな。」

「そうですか。」
「だって、機械使って調べてるんだから。業者と手を組んでお互いだんまりしてるわけだ。」
「悪いやつがいますね。」

5章 整地

「困るんだよなあ。」
Yは言った。

「鉄くずの処理を頼みたいんだがお願いできるか。」
「重機の免許は持っていないもので。」
「俺が借りてくるからとにかく掘って回収業者に売ってきてくれ。二束三文だが、あらかた取れればいい。」
「はあ。」

翌日から作業は開始となった。Yが借りてきたユンボとトラックを使い、私は一週間がかりでガラを処理した。庭を掘り起こしてみると実際には鉄くずだけではなく、プラスチック、コンクリート、電線、ありとあらゆる産廃が埋まっていた。従って、土壌汚染の可能性もあったが、専門的な処理は考えなくていいとの事であった。

初めて動かすユンボに乗りながら私は考えた。Yもあこぎな商売をする。Yは処理を業者に任せると200万円以上の費用がかかると言っていた。誇張もあるだろうが、100万円はしてもおかしくない。それを私に任せることでたった15万円に抑えようというのである。

作業は思っていたよりも大変であった。産廃は大量にあり、手作業で一つ一つを選別するのである。軍手はてかてかと赤土色に染まった。

作業が終わり私は街のはずれにある廃品回収業者へと向かった。大きな文字で「産業廃棄物 鉄くず 真鍮 銅 高価現金買取」という宣伝のかかれた茶色の塀で囲まれた敷地に業者はあった。

中に入ると瓦礫の山の奥から作業服姿の中年の男がでてきた。鉄くずを売りたい旨を申し入れると、男は何も言わずプレハブの事務所に入っていった。

「書類書いて。」
男は短く言った。

私は奥村昌平という偽名を使い、用意した三文判で捺印した。身分証明証は必要なかった。

男は書類に鉄の買取金額を書いた。8500円。25円/kgという宣伝から逆算すると重量は340kgであるはずだった。少ない気がしたが鉄くずを処分できれば一向に構わなかった。

6章 最後の再会

「Yさん、土建業者がガラについて黙っていたと言っていましたが。」

「法律用語で悪意っていうんだがな、ガラを知ってて売りつけるタチの悪い連中がいるんだよ。」

「裁判でそれを立証するのは大変そうですね。証拠でも掴んでいれば別ですが。」

「証拠はないなあ。狭い業界だからよぉ、自然と耳に入ってくるんだよ。」

「なるほど。」

「いいか。ガラのことはしょうがない。Tさんが手伝ってくれたおかげで片付いたわけだし、その噂がガセでなかったともいいきれない。」

Yの顔には赤みが帯びていた。

「とにかく、あの物件はせっかく手直しできたわけだから、これから売却先を探しにいく。たぶん、2000万くらいにはなるぞ。」

それからしばらくYから連絡はかかってこなかった。

私は家で風呂に入りながら思案した。

Yは暴力を受けることが多いと話していた。身なりはいいかげんなYであるが、仕事はきちんと、つまり合法的にしているように思えた。ということは、暴力の加害者は土建業者絡みではないのかも知れなかった。

分からなくなった。

ある日、久々にYと出会い、ファストフードレストランに行ったときのことである。

Yは普段とは違い、緊迫した様子であった。
「どうしたんですか。」
「なんでもないよ。」

「そういえば、あのお家は売れました?」
「いや、まだだな。」
「そんなことより、Tさんさあ、覚えておいた方がいいよ。」

テーブル越しに体を前のめりに近づけてくる。私は体表からじわりと汗が出てくるのが分かった。

「何ですか。」
「契約するときはね、」
といってYはテーブルから一枚の紙ナプキンをとった。
「こういう紙に相手の印鑑を押して本物かどうか確かめるんだよ。」

おそらく、印鑑証明との照合の話をしているのだろうが、私にはよく分からなかった。

「相手が偽の契約書持ってくるときがあるんだよ。だから俺は警戒してるんだ。」

7章 その後

私は不要不急にお金が足りなくなり、Yに頼みこんだを思い出した。気分良くお金、それも5万円程を貸してくれた。

大学のトイレで、そうだ、Yにお金を返さなければと電話をかけた。
「Yさん、お金ありがとうございました。返しますので口座教えて下さい。」

Yは妙に不機嫌であった。なぜかは分からなかった。

「もう、いいよ。」
と電話が切れた。

それから2年程、Yには電話が通じなかった。
後で知人から電話がかかってきた。
作品名:ある不動産屋の男 作家名:トロイメライ