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ありがとう

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 また一年が経った。
 だが、帰ってきた仲間は言った。
『子供が行ってくれるなと泣く。また、あちらでは今、とても金が掛かる。自分なしでは家族が生きていけない。俺に鉱石を分けてくれ』
 また、最初に手を重ねてくれた、少年に成長した子供は、青年に言った。
『あなたが居なければ。あなたの知恵を失ったら、私たちも知恵を失ってしまうかも知れない。私たちはそれがとても怖いのだ』
 違和感は、確信になっていた。
 礼のつもりで『言葉』を教え、『文字』を教えた。
 しかし、それは同時に、『言葉であるがゆえに』、『文字であるがゆえに』、諍いを生んだのだ。
 表情や態度で物事を伝え、それを悟ることで伝えるのが当たり前だった彼らに『伝わる』方法を教えてしまったが故の、とても大きな問題だった。
 そして、急速に言葉や文字を覚え、言葉によって生まれる問題を自分や仲間たちの仲裁のみに頼ってきた村人たちは、村人たち自らの手でその諍いを収める方法をまだ知らないのだ。
 それに気付いた青年は、次に仲間の帰ってくる時まで、それを教えることをひとり心に決め、仲間たちを送り出した。
 『とても良い事をした』
 言葉や文字を伝えたことを、いまでもそう思っている仲間たちに、本当のことは言えなかった。
 この年で、最初からずっと村に居るのは、青年を含めて数人になっていた。

作品名:ありがとう 作家名:辻原貴之