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ありがとう

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 その、最初の少年が目覚めたとき、何かいい匂いがした。
 優しく、甘い匂い。
 気を失いそうな(いや、本当は失っていたのだ)思いで辿り着いた、村。
 倒れこんだところを、誰に助けられたのだろう?
 横たえられている自らの手に、温かく、小さく、柔らかい手が重なった。
 誰何の声にも、応える声はない。
 言葉が通じないようだ。
 そういえば、ここは敵地との境界線上。
 言葉が通じるはずもない。
 少年に手を重ねた子供の手は。
 ただ、温かなその手は。
 言葉で応える代わりに。
 固く、いびつで、冷えかけた、少年の手を、握った。

 次に差し出されたのは、何かのミルクだった。
 甘く、暖かく、安心する味。
 差し出したのは、母親と思われる美しい人。
 皺が寄って、太っていて、日に焼けて、浅黒い肌をした、美しい人。
 倒れたものをただ受け止めるその温かさに、少年は涙を流しながらミルクを飲み込んだ。

作品名:ありがとう 作家名:辻原貴之