「月ヶ瀬」 第十三話
後は言葉にならない。
女将の申し出により二人は笠置旅館に事件が解決するまで無料で泊まれるようになった。
きっと高木のことで迷惑を掛けているとの配慮からだろう。
そして、もし高木が逮捕されるようなことになったら、この長い伝統を守ってきた旅館を閉鎖しようと考えていた。
客足が減って旅館業も限界に来ていたこともその思いに重なっていたのだろう。
5月14日の早朝から月ヶ瀬地区一帯と笠置地区一帯を奈良県警の捜査員たちが捜索した。
佐藤は久保清一の自宅のベルを押していた。
「久保清一さん、奈良県警や。いるなら出て来てや。返事無いなら捜査令状あるから中に入るで」
返事はなかった。
佐藤は同行の署員に踏み込むように指示した。
家の中は空っぽだった。近所の家を回って様子を尋ねた。
「なあ、清一さん何処に行ったか知らんか?黙ってたらためにならへんで」
「知りませんよ。ずっと家に居るから外の事なんか分からへんし」
「清一さんを一番よく知っている人は誰か教えてんか」
「奥さんやろうけど、この頃見いへんからどないしたはるんやろ、ってこの辺の人らは話してましたわ」
「なんやて、奥さんが居らんくなったって言うんか?」
「はい、確か5日の昼間は畑で見た気がするんやけど、それからはあったことが無いですわ」
「毎日奥さんは畑に出掛けていたんか?」
「そうです。この時期お茶畑は忙しいですからね」
「そうやな。新茶の季節やからな。どないしたんやろな。他によく知っている人は居らんか?」
「妹さんが笠置に嫁いではるから、そこなら何か解るかも知れません」
「昨日笠置に行ってきたんや。高木は居らへんかった。今回の捜査も高木が居らんくなったことと関係があると睨んでるんや。夫婦で消えたみたいやな」
「そないなことになってるんですか・・・怖いなあ~あの時のことを思い出しますわ」
「岡崎誠治の事やな?」
「はい、こんな村で人殺しが起こるだなんて・・・それも殺されたのが13歳の女の子やった。夢も希望もあったやろうに、かわいそうでたまりませんわ。誠治は・・・鬼や」
「その話はまた聞くとして、清一さんのことで何か聞いたら教えてや」
佐藤は名刺を手渡して次の家に向かった。
御嵩地区の全戸を捜索したが有力な手掛かりは見つけられなかった。
夜になって笠置で待つ静子と初江の前に佐藤は暗い表情で現れた。
作品名:「月ヶ瀬」 第十三話 作家名:てっしゅう