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 気持ちいい、余韻は波で伝わってくる。どこからか、光ならば床、暗闇ならば底。そうではない。光ならば空気、暗闇ならば黒を伝ってくる。それを味わっていると、頭に何か響いた。音、というものの記憶にかなり近い。最もこの暗闇では聴力は失っているわけで、これは音ではないのは確かだ。それからも断続的に伝わってくる 音 を私はただ感じていた。暗闇に響く何か、はどうやら声のようで、幼い少女のようなものだった。暗闇で感じる生物の証。ここにいるのは私とそう、火だけだ。いまの私は、口を開け、のどを震わせるほど精力的ではない。第一、この暗闇ではすべて私の空想で進むので言葉はいらない。結論と推測は一致したようでやはりこの声の持ち主は火で、声に気を取られていた間に火がゆらゆらと揺れていた。
 ははは、何を望む
そう聞こえた。今までの脳に伝わる波ではない。耳から伝わってくる。
 お前のほしいものはなんだ
 にんげん、私の一生を見られるとはかなり幸運だ
 目を見て、ほしいものをいうといい
 燃えている間はなんでも叶うぞ
火は酸素を受け取ったのか、勢いを増しているようで、覚えていた火が燃える範囲が少し大きくなり、根元の青いキャンドルが少し見えた。久しぶりの青に、こんな色だっただろうかと疑問を持ちながらも新知との出会いを楽しんでいた。
 にんげん、私に興味を抱かないのか
 にんげんの世界では火はしゃべらないだろう
問い続ける火に対し、私は全く反応しなかった。怖ったわけではない。さっきも言ったが畏怖はもう日常になった。未知の存在への恐怖ももうない。そもそもこの暗闇は未知なのだ。何が来ても驚く必要はない。
 にんげん、腹は空かないのか
そういわれて少し腹が空いてきた。その空腹を満たすためか、火がゆらっと大きく揺れると口の中に何か液体が入ってきた。甘い、苦い、酸っぱい、辛い、舌の機能全てが使われる。しかし、その液体を飲みこむ気力はなく、体は何も動かなかった。口からこぼれる何色か分からない液体は黒を染めることなくどこかへ消えた。
 にんげん、呼吸が苦しくないか
火の言葉の直後、気管支に分厚い膜でも張られたのか、呼吸が苦しくなってきた。閉じることのできない鼻から入ってきていた空気はどこに消えたのか、入ってきてくれない。何とか振り絞った気力で肺を動かし、分厚い膜のほんの少しの隙間に空気を通し、呼吸を繰り返す。何でもない行為に生きているのだという実感が見え始めたころには呼吸の仕方を忘れてしまった。強引に吸い込んだ黒は体をめぐり、何か、何かを刺激する。おそらく不安というものだろう。暗闇に紛れてうまく見えないがほのかに輪郭を出し始めた。
 にんげん、…それは何だ
 私はまだ生まれたばかりでよくものを知らないのだ
 にんげん、それはなんというのだ


 一つ、ゆらっと揺れた後、火は何も話さなくなった。しかし、話さない火でも目だけはちゃんとこちらを見ている。その間、私は逃げたいという気持ちをよそにただ何もせずに寝そべっていた。



 










 だいぶ長かった。
いつの間にか寝てしまったようで、依然暗闇は変わらず、起きたのか起きていないのか少しわからないが、目の前の火がそれを教えてくれた。何か恐ろしい夢を見たような気もするが、それを思い出す必要はない。目の前の火だが、眠る前の記憶とは少し姿が違った。どうも元気がないというか、年老いたというかそういうものが伝わってくる。
 『にんげん、私の一生を見られるとはかなり幸運だ』
火が言った言葉が浮かんで、どうやらこいつはすこし老いたのだと分かった。さっき少し見えていた青いキャンドルはもう見えない。火だけが寂しく燃えている。赤と青。昔、どこかで見たような気もする。

 火が燃え始めて以来、この暗闇には何もおきていないのだが。何かが少しずつ変わっているように思えて仕方がなかった。暗闇に染められている者たちが何かやっているのだろうか。妄想を大いに広げればおそらくこの変化を理解できるのだが、どうも気力が生まれない。もう妄想すら体はできずにいた。

 つまり、今起こっていることは妄想ではない、現実だということで、曲げられない運命がそこにはある。いつもあるはずなのに気づいたのはこの瞬間だった。
 にんげん、望みはきまったか
火が小さく、揺れた。ものすごく微細な火の子が 舞う。砂糖水のように粘っこく、ゆっくりと小さく揺れる。その揺れで火が照らす範囲が少し変わり、根元の青いキャンドルが鮮明に見えた。ずいぶんと小さくなっている。
 にんげん、私はもうすぐ消える
 望みを早く、早く口にしろ
火に急かされるとは何とも愚かだろうか。こいつはいつも決まった速度で蝋を融かし、寿命を進める。人間のように自ら消えようとはしない。そんな奴に急かされる。健全でまじめなやつに真面目に言われるにんげん。何か望みを言おうと固めたままの口を動かすが、動かしたはずの口は全く動いていなかった。代わりに確かに響いていた心臓の音が静かに聞こえなくなった。肺に入る黒はその先の体を埋めることはなかった。望んでいたものは平穏だった。
 最後は最後らしく派手に行こうじゃないか、にんげん
わからない時間が逆戻りし、暗闇はその中心から一気に光を纏った。黄色ではない。赤と青の光だった。

 おまえといた時間は一体どれくらいだったのだろうか

昔強引に連れていかれた焼き畑の光景が目の前に再現された。燃えている暗闇が目に映ったのはほんの一瞬のことだった。





 午前十時。平日の朝はいつも通りヒトが歩き、灰色の道は様々な色の傘で斑点をつけられている。混じることなくただ、点を描く。
 冬時雨に濡れた冷たい傘を怪訝な顔で持ちながら黄色いテープをくぐった男はキッチンだっただろう通路の奥の部屋にいた上司に挨拶をし、原型がすっかりなくなり、黒くなった部屋を左から右へと眺める。木造だったからだろう、辺りはほとんど煤で、灰で黒くなっている。かろうじて色を保っているものもどこか黒くにじんでいた。
「安田さん、亡くなった青年はどこへ」
上司が示した先にあった、綺麗な青は中に純粋な黒を包んでいる。開けることなく、手を合わせ、男はそばに置いてあった丁寧に綴じられた資料に目を通す。その資料も煤で黒ずんで見える。
「学生か、またずいぶんと若いのに焼死だなんて。せめて死に顔ぐらい綺麗でいたかったろうに」
「焼死じゃない。直接的な死因は餓死だそうだ」
えっと言う男の下で青に包まれて暗闇になっている私はまた、火の生誕を見る。















  真夜中は赤と青がよく似合う。
そうだろう?
 



作品名: 作家名:晴(ハル)